007:静寂の空間 *
setting from “火祭り”

 蝋燭の火が、微かに揺れていた。頭上に小さな蜃気楼を生んで、蝋燭は燃え続けている。
 張り詰めた空気の中、その前に鎮座する老人がひとり。
 美しいとも思える程に白くなった髪は丁寧に整えられ、両の瞳を緩やかに閉じたまま、彼は穏やかなる風貌でそこに居る。しかしその顔も手足もすっかり痩せこけ、深く刻まれた皺の目立つその顔からは、最早嘗ての美貌など、容易に見出す事など出来なくなっていた。今やその容貌は、ただの老い耄れた老人という認識しか引き起こさない。
 ぱちん、と火の爆ぜる音がした。彼の両脇に設えてある大きな松明の火が、天井に届かんばかりの火柱を上げて、燃え上がっている。燭台を前に、老人は何をするでも無く、ただ座っていた。
 その口元が、僅かに歪められる。
「もうすぐ、夏が訪れる」
 嗄れた、低い声。
 口から明瞭な発音は発せられず、ただ掠れる様な細々とした声で、老人はそう言った。
 傍に控える若者はその意味を捉える事が出来ず、どう返答したものかと視線を彷徨わせる。互いに目が合った他の若人達も、首を捻るやら横に振るやらで、全く分からない、といった風情だ。
「主らも忘れてはおらんだろう? ――――我が村に代々伝わる、『祭り』を」
「……はい、勿論」
 老人の言葉の意味をようやく悟り、若者が答える。ようやく三十に達したばかりの頃の、まだまだ若い男だ。
「昨年の祭りは失敗に終わる所であったな」
「今年はそのような事が無きよう、心します」
 老人の問いに、男は答える。老人は小さな笑みを浮かべ、言った。
「大切な祭りじゃ。何時も気を緩めるな」
「……はい」
 若者が、慇懃に頭を下げた。老人は緩慢な動作で、蝋燭を手に取る。煌々と輝くその赤い火を吹き消し、それを元の位置に戻すと、彼は呟いた。
「今年の『祭り』を、ここに宣言する」
「『祭り』――――」
 神殿内が、ざわめきあった。若人達は、互いに顔を見合わせる。
 老人は燭台を背にし、厳かに言った。
「巫女を……阿羅弥を、此処に」
 若人のひとりが腰を上げようとしたその瞬間、声が聞こえた。
「わたくしなら、此処に居ります」
 姿を現した、黒髪の美しい少女。彼女は老人の前まで歩み寄り、穏やかに微笑んだ。
「阿羅弥、お前に頼みがある」
 そう切り出した老人に、少女は小さく頷いてみせる。
「ええ、わたくしの為すべき事は分かっております」
 そう言って、巫女は口を開いた。

「今宵、『祭り』の再開を、ここに宣言致しましょう。村に伝わる『火祭り』を、これより三日の雨の後、晴れたその日の次の日に、始まる事を誓いましょう――――」

 痛い程の静寂の中、その言葉は言霊となって空気に溶けていく。
 その翌日、村には「火祭り」の開催を知らせる通知が貼り出された。

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