028:言えないよ *
setting from “INSIDER”

 新聞に大々的に載せられた賞金情報に、ラヴィナ・テンジェルトは目を見開いた。彼女が印刷間違いかと疑いを持ちたくなる程の高額賞金が、其処には掲載されている。
「ちょっと、嘘でしょ……桁の間違いとかじゃないの、これって」
 幸せの余りに震える手で受話器を手に取り、素早い動作で番号を押す。コール一回で受話器を取った相手側の言葉も終わらないうちに、ラヴィナは口を開いた。
「今日の新聞の賞金記事、アレに間違いは無いんでしょうね!?」
「はい、確かに間違いはございません」
 事務的な、落ち着いた声が返ってくる。恐らく彼女の電話よりも前に、何百とも知れない同じ話を受話器越しに聞かされて来たのだろう。
「それだけ分かれば充分。ありがと」
 見事に要件だけで電話を切ると、新聞を持ったまま階下へと駆け下りた。その恒例の騒音に、簡易なリビングで寛いでいたふたりの人物はそれぞれの性格が顕著に表れた態度でそれを迎える。
「おはよう、ラヴィ。朝ごはん出来てるよ」
 騒音にも慣れた様子で穏やかに微笑むのが、ミシェリア・ヴィンセント。
「てめぇは朝っぱらからうるせぇんだよ、少しは静かにしろっての!」
 そう喚き立てるのは、リジアン・カレットだ。
「何よ、いつもの事じゃない」
 ラヴィナは全く請け負わず、ミシェリアに向き直ると新聞を掲げて見せた。
「ね、ミシェ。次の仕事はコレにしない?」
 勧誘の言葉を口にしながら、先刻見つけた記事を指で差し示す。ミシェリアは柔らかな光を湛えた琥珀色の瞳をラヴィナの指先へと向け、その記事に目を通すと僅かに苦笑した。
「残念ながらそれはちょっと、賛成出来ないけどね。僕は」
「なんでよ?」
「それだけ高い賞金を懸けるんだから、相当危険だっていうこと。それに、この賞金首を狙っているのは何人も……いや、何百、何千になるかも。だから無闇な賭けに出ないで、無難な道を選んだ方がいいと思うよ」
「そんなぁ! これだけのお金があったら、あたし達の暮らしだってもっと楽になるんだよ? こんな森の奥地なんかに住む事無いんだって!!」
 そう、三人の住むこの家は、街から離れた小さな森の中にある。周りにあるのは草木と美味しい空気と、可愛い動物達くらいなもので、人間の姿は彼ら以外に皆無。その分騒音やら人付き合いやらの面倒が無いのは利点とは言えるが、生活していく上で確かに、不便な事も無い訳では無い。
「こういう仕事をしている以上、ここに住む方が安全でもあるんだから」
 ミシェリアは言う。ここに住むに至ったのも、彼の一言があっての事だ。
 仕事柄、様々な人物に恨みを買ったり、逆恨みされたりする事は少なくない。三人共、何らかの理由で狙われた事もある。その辺を考慮してのミシェリアの決断は、ある意味正しいとも言えるのだが、それだけでは納得出来ない部分もある――――ラヴィナとしては。
 彼女も一応年頃の少女。買い物に出向きたい時だってあるというのに、街までの往復移動だけで疲れる今の現状では、素直にショッピングも楽しめやしない。
「じゃあ乗り物買おう、乗り物! 街まで速く行けるものがいい!!」
「それは賞金が手に入ったらの話でしょう?」
「だから次はコレを仕事に」
「――――ラヴィナ」
 穏やかに、ミシェリアは名を呼んだ。彼が愛称で呼ばない時は余裕が無い時であるか、真剣に物事を語る時だという事を、ラヴィナは知っている。それ故に、反論する言葉は出なかった。
「お金なんて強請るのは簡単だけど、いざ手にしてみると手に余るものだよ?」
「でも……」
 そう呟くのがやっとだった。他に言葉が思いつかない。
 間違いなく、この件は今後の彼らの生活を大きく揺るがす仕事に発展するだろう。根拠こそ無いが、失敗しないという自信はある。だからこそその意志を貫きたいが、ミシェリアを悲しませる様な行動はしたくない。相反する心が葛藤し、ラヴィナの心中を占める。
 ミシェリアは小さく息を吐いた。
「ラヴィがどうしても、というならやってみるといいよ。僕は手を貸せないというだけでね。リジィはどうするの?」
「別に。俺はどっちでも困らねぇし」
「だったら、手伝ってよ。賞金が手に入った時は、半分くらいあげるから」
「別に金は要らねぇんだけどさ」
「じゃあタダで手伝ってくれるの?」
「……まぁ、一応な」
「ふぅん。珍しいよね、リジィがそんな事言うなんて」
 意外、という顔でラヴィナは呟く。リジアンがあからさまにムッとした。
「人を守銭奴みたいに言うな」
「別に、そんな事言ってる訳じゃないわよ。何か、いつもと違う感じがしたから」
「何かって何だよ」
「さぁ、ただの勘だし。ま、とにかく宜しくね。一応頼りにはしてるんだから」
「何だよその一応、ってのは」
 ふたりの間に、剣呑な空気が漂う。似た気質の所為か、どうにも衝突しやすいのだ。
「ふたりとも、一緒に仕事をするなら仲良くしないと」
 穏やかなミシェリアの声に、ふたりはしぶしぶ引き下がった。仲裁はいつも、ミシェリアの仕事だ。彼が居なければ、ふたりの間に争いは耐えない事だろう。間違い無く、コンビは組めない筈だ。
「……そうよね。あたしは準備してくるから、リジィ、あんたも準備しといてよ!」
 言って、ラヴィアは二階の自室へ走った。何しろ相手は史上最高額の賞金首、準備を怠れば確実に失敗に繋がるのだから。用意周到に越した事は無い。強風が去ったかの様に静かなリビングに、ふたりは取り残された。
「本当に大丈夫なの? ふたりだけで」
 心配そうに呟くミシェリアに、リジアンはきっぱりと非難の声をぶつける。
「お前が否定なんかするからこういう事になんだよ」
「ごめん」
「謝るくらいなら、どうして今回は抜ける、なんて言ったんだよ」
「…………それはちょっと、企業秘密かな」
 ミシェリアには、どうにも秘密主義な所がある。それ故、リジアンはそれ以上問う事はしなかった。

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