030:箱庭 *
setting from “Jewelly Garden”

「……ねえ、リート」
 静かな風が吹いた。爽やかな風は全ての物を擦り抜けて、清々しい空気を呼び起こす。
 マロンイエローの髪を遊ばせて、アルティーザがぽつりと呟いた。
「んー?」
 気の抜けた返事を返したリートジェリーは、寝転がったままで傍らに座る少女に視線を向けた。彼女はいつになく真剣な眼差しを何処か遠くへ投げ掛けている。普段の様な屈託の無い笑顔は、今は姿を潜めているらしい。
「ひとつ訊きたいの」
「…………なに」
 静かに落とされた言葉に、リートジェリーは眉を顰める。
「あたし、此処に居て良いのかな」
「なに、何なの」
 状況を把握出来ないまま、驚いて身を起こす。
 彼女の横顔を覗き込めば、真っ直ぐな瞳と目が合った。マリンブルーの輝きに、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
「あたしを此処に連れて来た事、後悔してない?」
 突然、告げられた言葉に目を丸くした。
「何言ってんの、お前が来たいって言ったから俺は」
「言ったわよ! 言ったけど、でも頷いたのはリートじゃない!!」
「じゃあ何だ、俺が駄目だって言えば素直に諦めたってのか?」
「そ、れは……」
 アルティーザが黙り込んだ。拗ねる子供の様に頬を膨らませ、恨めしげな視線を寄せている。
 いつもの彼女らしい調子が出て来た事に、内心ホッとした。
「一体何があって、んな事考えたのか知らねえけどな」
 ぽん、と頭に手を載せる。アルティーザは俯いたまま、されるがままになっていた。
「疑うんじゃねえよ。自分も、仲間も、この街も、みんな」
 彼女の頭が、不意に動いた。再び上げられた視線が、物言いたそうに揺らいでいる。
 その唇が動く前に、リートジェリーは断言してみせた。
「此処は、お前の居場所だ」
 アルティーザの円い双眸が、見開かれる。
 紡ぎ掛けた言葉を呑み込む様に口を引き結び、その言葉を噛み締めるが如く瞼を閉じた。
「……うん。ありがと」
 それこそが、彼女が欲していた言葉なのだろう。
 自分の居場所、自分の存在意義。此処へ来るまで、彼女が常に気にしていた事柄だ。そしてそれを手に入れる為に、必死だった。しかしもう、手に入れた筈だ。居場所も、仲間も、今の彼女は確かに得たのだ。間違い無く。それを離したくないと、今度は不安を覚えるのだろうか。
 怯えさせてはいけない。悩ませてはいけない。
 それがきっと、自身に与えられた使命なのだ。
「此処は何の為の庭だよ」
 支えなければならない。助けなければならない。
 その為にきっと、ふたりは出逢う運命を与えられたのだ。
「――――俺達の為の庭だ」
 全てはきっと、意味を持つ。これからの未来へ向けて。

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