034:手を繋いで *
setting from “彩る世界と君の祈り”

 柔らかく、温かみのある風が吹き抜ける。心地良い、幸せを運んで来る風。
 穏やかな田舎町であるファーラに吹くその風は、全てを包み込む優しさを持っている。その所為だろうか、ファーラの住人達は皆、落ち着いた心持ちの人間ばかりだった。
「ここに居たのね、紅。探したのよ?」
 不意に柔らかな声がして、紅は後方に視線を向ける。
 透き通る様な美しい空色の髪を風に預けて、少女が優しく微笑んでいた。その名を、呼ぶ。
「……藍」
「迂闊だったわ、貴方の好きな場所を忘れてたなんて。そうしたら町中を探し回らなくて済んだのに」
 言いながら、藍と呼ばれた少女は紅の傍までやって来て、その隣に腰を下ろした。
「いつ見ても絶景ね」
 眼下に広がる町並みを眺めて、藍が言う。
 町の外れにある小高い丘は、ふたりだけの秘密の場所であった。丘から臨む町の姿はいつもとまるで違って見えて、新鮮な気分を起こさせる。町一番の高さを誇る時計塔ですら、ここから眺めれば小さなジオラマの様だ。
「……用事があるんじゃないのか?」
 先刻「探していた」と言っていたのを思い出し、紅は問う。けれど藍は小さく首を振った。
「ううん、違うの。ただ私が、紅に会いたかっただけだから」
「ん、そうか」
 小さく呟いて、紅は町並みに視線を落とした。ふたりの間に、余計な言葉は必要無い。無駄な言葉は妨げにしかならず、互いの思考を遮る。ふたりは同じ空気を共有していた。だから、表には出さない想いも、自然と相手には伝わるのだ。
 町の時計塔が、時間を知らせる鐘を鳴らす。人々はその音を頼りに、生活していた。ファーラに住む人にとって、時計塔は無くてはならないものなのだ。
「あら、もうこんな時間なのね。そろそろ行かなくちゃ。私、お手伝いに行く約束をしてるのよ。紅はまだ、此処に居るの?」
 ゆっくりと立ち上がり、藍は問う。紅は迷う素振りも見せずに、言葉を返した。
「いや、藍と一緒に帰るよ」
「そう? 嬉しい」
 ――――本当はもう少し一緒に居たかったの。
 短い言葉の中に、彼女がその想いを込めていたのは、すぐ分かった。自分も立ち上がると、紅は彼女の細い手を取り、先導する様に歩き始める。藍は幸せそうに微笑み、紅に身体を預ける様に寄り添った。そうして歩くふたりの姿は誰が見ても至福そのもので。温かな空気が、ふたりの周りには広がっている。
 こんな毎日が送れる事が紅にとって何よりも幸せで、そして嬉しくて。いつまでもこんな日が続く事を、心の中で願っていた。

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