049:何気ない一言 *
setting from “Elemental Gate”

 太陽は傾きかけて、空を紅く染め上げている。
 それは町の奥から滲み出て来る闇の色と混ざり合い、綺麗なグラデーションを帯びて広がっていた。小道に映るふたつの影は実寸よりも細く、長く伸びている。身体に触れる空気は肌寒く、吹き抜ける風も冷たい。
 学校からの帰り道。久野二千翔は友人の宝田蘭人と共に、歩き慣れた道を進んでいた。其処は、辺りに人の気配が全く無い田舎町である。周りにあるのは水田ばかりで、道がその先の森に繋がっている事もあってか、ふたり以外の人間は誰ひとりとして使おうとしない。森は木々が多い繁り、迷い易い事から避ける者が多いのだ。
 そんな中ふたりがこの道を使うのは、近道であるからに他ならなかった。帰宅するには森を大きく迂回する必要がある為、若いふたりはそれを面倒と捉えたのだ。それは、若さ故の無謀なのかも知れない。
 それを知ってか知らずか、彼らを咎める者は誰も居なかった。
「相変わらず、人がいないね」
 ふと呟くと、蘭人は驚いた様子で返答する。
「当たり前だろ。こんな田舎道、夜にでも歩いてみろ。田んぼに落ちるぞ」
「それもそうか。森も慣れなきゃ迷うしね」
 二千翔は頷く。黒い髪に黒い瞳。人の好い穏やかさは童顔とも言える様な幼さを秘めている。それを子供っぽいと二千翔自身は多少気にしていたが、いつだったか蘭人に愚痴を零した時には個性だと断言されてから良い方に考えようとしている。
「下手に誰か歩いてたら止められるし、俺達にとっては好都合だけどな」
 蘭人はそう言って笑った。色素の薄い髪。灰色の瞳。顔立ちは大人びていて、少年と言うより青年と形容した方が相応しいだろう。何処か日本人離れしている雰囲気を漂わせる様は、周囲の女子からの人気も厚い。外見の良さに加え、性格もさっぱりとしているのだから尚更だ。二千翔とは、全てにおいて正反対。それ故に相手を羨む事も多かったが、だからこそ気が合うのかも知れない。ふたりは確かに、互いを親友と認識していた。
「でも流石にひとりじゃこの道、歩けないかな。何かあっても、誰も助けに来てくれないだろうし」
「……そうだな」
 少しぶっきらぼうに答えたきり、蘭人が急に黙り込んだ。
「蘭人? どうかした?」
 ふと不安になって、二千翔は名を呼ぶ。が、彼は答えない。
「…………」
「…………」
 突然の沈黙。どうしていいのか分からず、二千翔は困惑して地面に視線を落とした。
「……なぁ、二千翔」
 何処か躊躇いを含んだ声音で、蘭人が名を呼んだ。二千翔は顔を上げる。
「え……っと、何?」
「例えばさ……例えばの話だからな」
 念を押す様に言ってから、蘭人は言葉を続けた。
「例えば、お前がたったひとりで、自分の常識が全く通じない場所……そうだな、異世界とかに飛ばされたりしたらどうする?」
「い、異世界?」
 唐突に何を言い出すのだろうと、二千翔は困惑する。
 何気ない問い掛けだったが、その内容があまりにも突飛だ。どう答えるべきか迷っていると、笑われるとでも思ったのだろうか、耳を赤くした蘭人が捲し立てた。
「あんま深く考えんなよ! 心理テストみたいな物だと思って気軽に答えれば良いんだって!!」
「そんな事言われても……。うーん、取り敢えず人を探すかな」
「人が居なかったら?」
 即座に飛んで来た更なる問いに、二千翔は眉根を寄せる。
「意地が悪いな。それでも探すよ。見付かるまで探す。希望は持ちたいから」
「お前、凄い前向きな答えだな」
 予想外とでも言いたそうに、蘭人が呟いた。
「何だよ。能天気とでも言いたいってコト?」
「そうじゃねぇよ。お前のその前向きさが羨ましいって言いたいだけだ。さ、暗くなる前に帰ろうぜ」
「え? ――――ちょ、質問の意味は?」
「別に。何でもない。ただ、あまりに人が居ないから訊いてみたくなっただけだよ」
 はぐらかされた、様な気がした。彼が唐突にして来た質問の意図はよく分からなかったが、しかし彼なりの考えはあったのだろう。隣を歩く蘭人の表情は、少しだけど晴れやかに見えたから。

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