052:鮮やかな笑顔 *
setting from “INSIDER”

 ラクエルの町にある酒場には多くの人間が集まり、昼夜を問わずして活気に溢れていた。時刻は昼を過ぎた頃で、人の出入りは第一次のピークを迎えている。そんな酒場の隅の一角を陣取って、ラヴィナは客達の様子に目を光らせていた。
 彼女は賞金稼ぎを生業としている。賞金稼ぎとはその名の通り、賞金を懸けられた犯罪者達を追って捕らえ、報酬として相当の金額を得るという職業である。かつて賞金稼ぎと言えばその存在も少なく、中年・壮年の男性に多く見られていたが、現在では犯罪率の増加に伴い若年化が進み、女性の賞金稼ぎも増える様になっている。
 ラヴィナは十七になったばかりで年は若いが、持ち前の負けん気と努力で数々の賞金首達を確保して来た。そして今は、新たな賞金首の確保を狙っている。彼女が得た情報では、今日この酒場に現れる筈であった。酒場の開店からカウンターの隅を押さえて見張る事はや三時間。未だそれらしい人物は見当たらない。
「今日って言うけど今日のいつよ」
「流石にタイムスケジュールまではねえ。それは私にも分からないけれど」
 ラヴィナの横に座る少女が苦笑した。
 マイカ・テルミナ。若いながらも情報屋を営むこの少女の言を信じて、ラヴィナはこうして待っているのだ。
「情報屋なら細かい情報を提供しなさいよー」
「情報屋だって完璧じゃないわよ。何なら他の情報屋にでも乗り換える?」
「…………やめとく」
 冗談染みた言葉に小さく溜息を吐いて、ラヴィナはぼんやりと店の入口へと視線を投げ――――思考が回転を始める前に、思わず言葉が先に口を突いて出た。
「居た!」
 それが失敗だと気付いた時には遅かった。声に気付いた賞金首は自分を脅かす存在に気付き、慌てて逃げ去る。自らの汚点を悔やむその前に、ラヴィナは走り出した。
 颯爽と店を飛び出してゆくラヴィナの姿を見送りながら、マイカは嬉しそうに微笑むのだった。
「ほら、やっぱり今日だったじゃない」


「ちょっと、放しなさいよ!」
「誰が放すか! そっちこそ手ぇ放せよ!!」
「こいつはあたしが追ってたの! だからあたしが捕まえたのよ!!」
「賞金首なんてモンは皆が同時に追ってんだよ! お前だけじゃねぇっての!!」
 ラヴィナは目的の賞金首の腕を取り押さえたまま、見知らぬ少年と言い合いをしていた。
 逃げる賞金首を必死に追って捕まえたのだが、ほぼ同時にその少年も彼に手が届いていたらしい。恐らく彼も同業者なのだろう。互いに取り押さえたのは自分だと言い張った結果、不毛な言い争いだけが延々と続いていたのだった。
 どれだけそうしていたのだろう。人の気配に気付いたふたりは、同時に顔を上げた。誰かが通報したのだろう、数人の自警団員が此方へと向かって来る所であった。
 賞金首を自警団員に引き渡すと、ラヴィナは我先にと前へ進み出た。
「あたしが捕まえました!」
 その主張に気付いた少年が顔色を変える。負けてはいられないと、彼はラヴィナを押しのけた。
「違う! そいつを捕まえたのは俺の方だ!!」
「何言ってんの!? あたしの方が数倍早かったわよ!!」
「俺なんかその何百倍も早かったね!」
 再び始まった幼稚な喧嘩に、自警団員達は困った様に顔を見合わせる。現場を見ていないのだから、どちらが正しいのか彼らに判断を下す事は出来ない。落ち着かせるにも口論は激しくなる一方で、彼らが割って入れる隙間も無かった。
 其処へ、静かな声が響き渡った。
「今回は互いに譲歩して、半値で分け合ったらどうかな?」
 その穏やかな声は、白熱した言い争いを静かに打ち消した。燃え盛る炎を消す水の様に、その空間に静寂を与える。ラヴィナは透き通ったその声音に、我に返った。そうして声の主へと視線を巡らせ、絶句した。
「ミシェリア・ヴィンセント……!?」
 名を呼ばれた彼は、優しくラヴィナに微笑みかけた。濃いネイビーの髪は驚く程に細く真っ直ぐで、琥珀色の瞳は優しく穏やかな光を湛えている。整った顔立ちに浮かぶ笑顔は上品ながらも鮮やかに、此方の心を溶かしてゆく様だった。
 間違いない。姿形も、何ひとつとして変わらない。
「初めまして。名前……ご存知でしたか」
「ええ、勿論。貴方の存在は憧れで、有名ですもの」
 驚きと喜びが入り混じった声で、ラヴィナは返す。今すぐにでもはしゃいで飛び付きたい気持ちだったが、堪えた。初対面でそんな無様な姿は、見せられない。
「ありがとうございます。ところでお二人とも、時間はありますか?」
「あ、あります! あたし、ありますッ!!」
 片手をびしっと高く挙げ、ラヴィナは主張した。対する少年は、不服そうな顔で押し黙る。
「……何よ、急に黙っちゃって」
 先刻まではラヴィナと言い争いを繰り広げていたというのに、今は別人の様だ。そうさせるだけの何かが、この場にあるというのだろうか。暫くの沈黙が下りた後、少年は短く言葉を発して踵を返した。
「……帰る」
「ちょっと、賞金はどうするのよ! あたしが全部貰っちゃうんだからね!?」
「好きにしろ!!」
 最後に帰って来た言葉は、それだった。幸運と言えば、幸運なのだろう。半分の予定が全額になったのだから。その上憧れの存在の誘いだ、これを幸運と呼ばず何と呼ぶ。
 しかし彼の反応には疑問が残ったのは事実で、素直に喜ぶ事は出来なかった。

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