とある国に小さな村がありました。
村に名前はありません。名前はあるのでしょうが、村人達は知りませんでした。
そんな小さなこの村を、他の国や都市の人達は「パーム」と呼んでいました。
それが本来からの村の名なのか、ただの便宜上の名なのかはもう誰も知らない事です。
その村に、少女がひとりおりました。
少女は本が大好きでした。
都から物資の運搬を仕事にしている恋人に頼んでは、新しい本を都で探して来て貰うのです。
そうして、次の本が届くまで何度も何度も読み返していました。
これはそんな少女の体験した、小さな小さな物語です。
*
「魔法って素敵よね」
瞳をきらきらと輝かせて、サーラは言った。膝の上には美しい装丁の本が、開かれて乗っている。
彼女の話を聞いていた青年は、穏やかに微笑んで言った。
「そんなに気に入ったのかい? その本」
「ええ、とっても! 今までの中で一番好きよ」
サーラの眼が一層華やかに輝いた。
彼女の膝の上の本は、恋人である青年が彼女の頼み通り、都の書店で購入したものだ。それを持って彼は故郷に帰るのが今や恒例となっており、本を受け取ったサーラは彼が再び都へ旅立ち、そしてこの土地の土を踏むまでに同じ物語を何十回と読み直していた。それこそ、一言一句を憶える程に。
「村の外には魔法があるんでしょう? 私は見た事も無いから、どんなものかとっても気になっていたの! こんなに素敵なものだなんて、思ってもみなかったわ」
サーラはそう言って、膝の上の本に視線を落とした。
その本は「魔法の出てくる話が読みたい」と言ったサーラの希望通り、内容はひとりの魔法使いが世界を救うというストーリーが描かれている。美しく、華麗なその魔法に、サーラはすっかり心奪われていた。この本を読んでからというもの、サーラは魔法というものにすっかり興味の対象が移り、来る日も来る日も同じ事ばかり考える様になっていた。自分もいつか、魔法というものを使ってみたい――――と。そんな願望が、胸の中に広がっていくのだ
「ねぇユアン。貴方は魔法を見た事があるんでしょう?」
期待に満ちた眼差しで、サーラは身を乗り出した。ユアンは苦笑する。
「……まあ、一応ね」
答える声は、少々歯切れが悪かった。
「でも、全ての魔法が必ずしも良いものとは限らないよ。魔法は良い事にも使えるけど、悪い事にも使えるからね」
「どうしてかしら。せっかく力があるんだから、人の為に使えばいいのに」
「世界には良い人もいれば悪い人もいる。それと同じだよ」
「ふぅん。私が魔法を使えれば、人の為に使ってあげられるのに」
本の中の魔法使いは、自分の力を悪用しない。人や世界を助ける為だけに、力を使っていた。
「次はいつ都に行くの?」
思い出した様に、サーラが訊いた。
「三日後だね」
「また、お願いしてもいい?」
「どうぞ」
「また、本を買って来てくれる?」
「もちろん」
「じゃあ、また魔法の出てくる話がいい。今度は悪い魔法使いの出てくる話」
「悪い魔法使い?」
「そう」
サーラは頷いた。
「色々な魔法使いの本を読んで、魔法について勉強するの」
そう言ったサーラの表情は、妙に幸せそうに見えた。
数日後、サーラのもとに小さな小包が届いた。送り先は都で、差出人はユアンだ。今回は少しばかり都に長居すると言っていたのを思い出して、サーラは彼が最も早く本を届ける方法を思案した末にこの手段を思いついたのだろう、と解釈した。
小包を開けると、中にはサーラの希望した内容の本が一冊と手紙、そして小さな箱が入っていた。サーラはまず手紙を手に取って、文面に目を通す。手紙には、こう書かれていた。
「親愛なるサーラ。今回はこういった形でご希望の本を渡すよ。君が言っていた通り、悪い魔法使いの出てくる話だ。そしてもうひとつ。小さな箱が入っているだろう? それを開けてごらん」
そこまで読んで、サーラは小箱に視線を移した。そっと手に取り、箱を開く。
中には、指輪が入っていた。陽の光を弾く金色の輝きを持ったその身体には、不思議な紋様が刻まれている。いつか本で読んだ、魔術文字というものだろうか。魔術の知識を持たないサーラには、それに関しては推測の域を出なかった。
再び書面に視線を戻す。
「金色の指輪が入っていると思う。これは魔法の指輪らしいんだ。身に付けていると、災いから身を護ってくれるらしい。僕が帰るまで何事も無い様にとの願いを込めて、これを送るよ。では、身体に気をつけて。ユアン・レード」
「魔法の指輪?」
サーラは、指輪にそっと触れた。冷たい、金属の触感。箱から取り出し、そっと指にあてがってみる。指輪はサーラの右の薬指に、見事なまでにすっぽりと収まった。指輪のはまった右手を太陽にかざして、サーラは微笑む。
「……綺麗」
太陽の光を吸い込んでより輝きを増すかの様に、指輪がきらりと光る。サーラは幸福感に満ち溢れた表情のまま、一番の――――いや、二番目の贈り物となったものに手を伸ばした。
その本は、とある魔法使いの行いを綴った物語だった。本の厚みはあったものの、あらすじは容易に纏められる程に簡潔そのものだ。自分の力で人々を苦しめたり、悲しませたりしていた魔法使いが全てを失い、自らの破滅を招くというストーリー。この話に、救いは無い。見せしめにも似た教訓だけが存在するストーリーだ。
全て読み終えて、サーラは一息吐いた。
「魔法を悪い事に使うと、しっぺ返しが来るのね。魔法って、意外に窮屈なものかも知れないわ」
そう呟いて、自分の右手に視線を向ける。
指輪は、輝きを失う事無く煌々と光っていた。
※
ユアンが小包を送ってから二週間が経ち、そうして初めて村に戻ってくる事が出来た。
本は無事に届いただろうか。そして、指輪は。逸る気持ちを抑えながらユアンは村に到着すると、広場で洗濯物を干していた村長の妻メアダにサーラの事を尋ねた。彼女は神妙な面持ちで眉を寄せ、戸惑う様に口を開く。
「それが……五日ほど前から容態がおかしいんだよ。診てくれたお医者様も原因がさっぱり分からないっておっしゃってねぇ。今はウチで横になっている筈だよ、見舞っておやり」
ユアンは返事もそこそこに、サーラの居るという村長の家を目指して駆け出した。一体何があったというのだろう。ただひたすら、そればかりが疑問に残る。――――原因が分からない? 一体どうして。あの指輪は、災いから身を護ってくれるのでは無かったのか。それとも何の力も無い、ただの指輪だったと言うのだろうか。
ただ焦燥だけが、ユアンの胸の内に広がっていた。
両親を早くに亡くしたサーラは、家に居ては看病してくれる者が居ない。それを心配した村長は、体調が治るまでの間サーラを自らの家で看病する事を決めたらしい。家では、メアダの娘でサーラの友人でもあるマギーが伏せっていた彼女の世話をしてくれていた。彼女はユアンの姿を認めるなり、安心した様に息を吐く。
「貴方が来てくれて、助かったわ。彼女も貴方の顔を見れば、少しは元気になるんじゃないかしら」
マギーはそう言って、小さく笑う。その微笑みはどこか疲れている様で、どれだけ熱心にサーラの看病をしてくれていたのかを容易に窺い知る事が出来た。ユアンは彼女に小さく頷いてみせる。
「サーラはあたしの部屋で眠ってるわ。行ってあげて」
「……ありがとう」
マギーの言葉にユアンは謝礼の言葉を返し、彼女の部屋へと向かった。
マギーとは、幼い頃から一緒に遊び回っていた幼馴染みの様な間柄だ。彼女の家であるこの村長の家も、何度も出入りした事があった。幼少の頃から全く変わらない部屋の配置は、未だ鮮明に覚えている。
そうして辿り着いた部屋の扉は、開いていた。ユアンが声をかける以前に音で気付いていたのか、サーラはベッドに横たわったまま顔だけを彼に向け、青白い顔で小さく微笑む。
「サーラ。一体何があったんだ?」
枕元に歩み寄ったユアンは、単刀直入にそう訊いた。サーラは躊躇う様に視線を彷徨わせ、けれど覚悟した様に右手を差し出す。その薬指にはユアンが送った指輪が嵌められ、鋭利な刃物の様に鋭い輝きを放っていた。
「そんな……まさか」
ユアンは震える声で呟く。指輪で飾られたその薬指は、紫色に変色していた。指輪を嵌めたその指だけが、綺麗に変わっている。同じ手を見ても、他の部位には何の異変も見られないと言うのに。どう考えても、指輪が原因である事は明白であった。だが、メアダは医者に診せたのでは無かっただろうか。これを見れば、一目瞭然だろうに。原因が分からない、とは。
「私が、黙ってたの。お医者様にも、手の事は言わなかったし、見せなかったの」
「……どうして」
「怖かったの。私、どうにかなっちゃうんじゃないかって、そう思うと怖かったの」
サーラの大きな瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れる。ユアンはそんなサーラを見ていられなくて、彼女の小さな手を、両手でそっと包み込んでぎゅっと目を伏せた。
「ごめん、サーラ」
擦れる様な声で、ユアンは言った。サーラの為を思ってした事の筈が、逆に彼女を苦しませる結果となってしまった。それが例え、不慮の事態だったとしても。目にした現実は、深い後悔となってユアンの心を押し潰そうとする。
その後悔を払う様に、ひとつの答えを見出した。
この原因を作ったのは自分自身だ。ならば、それを解決するのは自分の役目では無いか?
「サーラ。もう少しだけ、我慢出来るかい?」
ユアンの言葉に、サーラは微笑んで頷いてみせる。彼を信頼している、純粋な瞳で。
「絶対に、治してあげるから」
サーラは嬉しそうに笑う。こんな時にでも、こうして笑って他人を励ましてあげられる彼女が、ユアンには愛しく思えた。
あの指輪は、都の露店商から貰ったものだった。サーラへの本を買おうと城下町へ出ていた時に、道端の露天商らしき男にふと話しかけられたのだ。今思えば、どうして怪しいと思わなかったのだろうか。それが不思議でならない。疑う事を忘れていた。いや、忘れさせられていたのかも知れない。そんな風にすら、思える。
ユアンは、その露店商と会った場所へ来ていた。けれど彼の姿はどこにも無い。誰に訊いても、答えは「知らない」の一言ばかりだった。ユアンはそのまま、都最大といわれる蔵書館に足を運ぶ。男が見つからないのなら、指輪から調べればいい。
魔力を持った指輪に関する資料は、驚くほど多かった。昔は指輪という装飾具に魔術をかけ、お守りとして身に着けるというのは当たり前の事だったという。資料が多いのも、頷けた。
ユアンは休む事もせず、ひたすら本のページをめくる。全てはサーラの為に。そして、自分への戒めの為に。一刻も早く、サーラを助ける方法を見つけなければ。それだけを胸に、ただひたすらに情報を探していると、気になる記述を見つけた。
「魔のリング」と表記された傍には、一枚の写真。複雑な紋様の刻まれた、指輪の写真だ。ユアンは、それに見覚えがあった。写真は古い物なのだろう二色刷りで、色の判別はつかない。けれどおそらく、輝くような黄金色だろうと推測出来る。そして、そこに刻まれていたのは見紛う事なき文字。
「……間違いない」
ユアンは呟いた。間違いない、これがサーラを苦しませる原因なのだ。
そのリングに関する記述は、こう書かれていた。
「遥か昔、ひとりの魔術師がいた。彼は魔力を秘めた指輪を作り、それに術をかけた。その目的は分からない。その術を解く事が出来るのは――――その術を知るのは、当の魔術師だけである」
書物に記された日付は、千年以上も前のものだ。幾ら神秘を扱う魔術師と言えど、生きているとは考えにくい。ならばどうすればいいのか。思案しながら、ユアンは写真に目を留めた。指輪の紋様。古代に使われていたという、魔術文字。
「これが解読出来れば……」
解決に繋がるかも知れない。
ユアンは文献に記された文字を念入りに書き写し、蔵書館を後にした。
「ふぅん……」
少女は、興味深そうな目で文字の羅列に視線を這わせた。
「解読出来そうよ、これだったら」
「お願いします、時間が無いんです」
頼み込むユアンに、少女は含みのある笑みを浮かべた。
「タダ、って訳にはいかないわよ?」
「分かってます。助けて頂けるのなら、お礼は後日、必ず」
ユアンは頷いてみせる。サーラを助けられるのなら、それでいい。
「……分かった。ちょっと待ってて」
言って、少女は奥に下がっていった。
ユアンは今、都にある魔術師の館に来ている。普段は占いの館として営業を行っている店だ。この店の主人・アセトラとは以前、仕事で魔術の絡んだ事件に遭遇した際に出会い、それをきっかけに時折魔術に関する様々な助けを請うていた。
アセトラは姿こそ少女だが、れっきとした大人だ。魔力を蓄える為に少女の姿でいるのだと説明された事がある。ユアンは魔術の知識を多少は持っているが、それを聞くのは初めてだった。だが、彼女が何であれ、頼りになるのは事実だ。
そんなアセトラは一冊の本を手に、戻って来た。
「その指輪の魔術文字は、願いの効果を逆にする意味の言葉だと思うわ。随分と昔に廃れた文字だから研究だって途中だしね、絶対とは言い切れないんだけど」
「たぶん、その推測は間違っていないと思います」
ユアンは答えた。彼女の言葉を確信に変えるだけの材料があったからだ。サーラの身を護る様にと願いを込めた指輪は、逆に彼女の身を蝕んだ。それが指輪にかけられていた術が作動したからだとすれば、辻褄は合う。
「それで、どうすればいいんです?」
ユアンの問いに、アセトラは悩む様な素振りを見せた。
「彼女を危険に晒す様願うのが一番手っ取り早い方法なんだけどね。どうやら一度願った内容の逆の結果が果たされない限り、次の願いは受け付けない様になってるみたい」
「それって……」
それは即ち、サーラの死を意味する。それだけは駄目だ。
「何か方法は無いんですか!?」
ユアンが問い詰めると、アセトラは真剣な面持ちで答えた。
「ひとつだけ、方法があるわ。成功する確率はそんなに高くないけど……どうする?」
「助かる可能性があるのなら、それに賭けます」
ユアンの言葉に、少女は微笑んだ。
「あたし、あんたのそういう所は好きよ。いいわ、この大魔術師、アセトラ・レイジェルに任せなさい。必ず助けてみせるわ」
彼女の言葉を、今はただ信じる事しか出来なかった。
ユアンはアセトラと共に、村へ帰って来た。サーラの容態は気になったが、今は少しでも呪いを解く為の時間が欲しい。ユアンはただサーラの無事だけを祈って、これから行われる儀式の手伝いを始めた。
村の広場を貸して欲しい、と村長に頼むと、彼は快く承諾してくれた。その広場には、アセトラが魔術で描いた魔方陣が敷かれている。その線と文字は魔術によるものか、薄い紫色に発光していた。
その円の中心にアセトラは立つ。その姿は先刻までの少女ではなく、成長した大人の――――彼女の真の姿であった。揺れる長い菫色の髪、深い紫水晶の様な瞳、身に纏った装飾具。そのどれもが彼女の美貌を引き立て、神秘的かつ幻想的な雰囲気を纏わりつかせていた。
彼女はユアンを含めた村人達に離れるよう指示し、全ての者が魔術の影響下から離れた事を確認する。そうして肩幅に開いた両足に力を込め、合図を送る様に右足を軽く上げ、勢い良く大地を踏む。どん、という音がした様な気がした。
実際に起こった音ではない。それ故、村人達にはあくまでも何となく、という曖昧な感覚しか起こらなかった。それでも彼らは、その行為が儀式の始まりを告げているのだと、無意識に悟る。
アセトラが呪文を唱えた。魔方陣の光が、一段と濃い紫色に輝く。その光は高く、長く、天に昇り、辺り一面を紫に染めながら、光は広がっていった。そうして全てを紫に塗り替えると、光は輝きを増して白色へと変貌していき――――。
「――――」
アセトラが何かを呟くと、光がぱちんと弾け飛んだ。辺りの景色が、次第に元の色彩を取り戻してゆく。アセトラは消えていく足元の魔方陣からユアンに視線を移し、静かに言葉を発した。
「何とか成功したみたい。指輪の魔法は消えた筈よ。どうやら指輪に込められていた力は多少なりとも弱くなっていたみたいね。運が良かった、って所かしら。お陰で助かったけど。もしこれが完全な……」
その言葉を最後まで聞かないうちに、ユアンは駆け出す。アセトラは彼の後ろ姿を眺めて、小さく肩を竦めるのだった。
「サーラ!」
叫びながら彼女の眠る部屋に駆け込むと、サーラはベッドの上に上体を起こした状態でユアンに視線を向けた。まだ顔は青白いが、表情には生気が戻って来ている様に見える。
サーラは軽く微笑んで、右手を上げてみせた。紫に変色していた指はすっかり元の健康的な肌の色に戻っている。そして、彼女の手を飾っていた指輪は、跡形も無く消え去っていた。
「指輪は……ふたつに割れて、砂になってしまったの。そして、消えちゃった」
残念そうな感情を含んだ声で、サーラは言った。彼女にとっては、大切なものだった。恋人が送ってくれた、宝物だった。たとえそれが呪いのかかった魔具であったとしても、だ。
「いつかまた、贈るよ。今度は、本当に君を守るものをね」
言って、ユアンはサーラの細い手をそっと握った。サーラは嬉しそうに微笑んで、頷く。
「ありがとう……ユアン」
ユアンには、その言葉が何よりも嬉しかった。
※
その後、ユアンは隣国へ魔術留学をする事が決まった。あの一件は、彼に何らかの影響を与えたのだろうと、サーラは思う。サーラ自身も、魔法とは遠ざかった生活を送っていた。魔法が嫌いになった訳ではないが、魔法に触れれば、嫌でもあの時味わった恐怖を思い出すのだ。けれど、魔法について学びたいという思いは、絶えず胸の中にあった。
だからある時、サーラは再びユアンにお願いをしたのだ。
サーラは、かれこれ二年ほど彼と会っていなかったが、しかし彼から手紙が途絶える事は無く、サーラが返事を書かなかった事も無かった。そんなある日、サーラは手紙にこう記した。魔法の出てくる物語や、魔術研究の入門書を贈って欲しい、と。
魔術留学をしているだけあって、ユアンの周りには魔術関連の書物が山の様にあった。彼はその中から、分かり易いものを選別して、毎回贈って来てくれている。
――――魔法、魔術。
そんな言葉を自ら出そうとしなかったユアンが魔術留学をするなど、サーラは夢にも思っていなかった。彼は、魔法を苦手としていた筈だから。詳しい事は知らないが、かつて魔術に関わって酷い目に遭った事があるらしい。それ以来、彼が自ら魔術に関わる事は殆ど無かったというのに。良くも悪くも、あの一件は彼に影響を及ぼしたのだろう。
彼の心境はサーラには分からないが、きっとこれでいいのだと思う。
ユアンは言っていたではないか。魔法は良い事にも使えるけど、悪い事にも使える、と。そして悪い事にも使えるという事は、良い事にも使えるという事だ。自分達の判断で魔法を善に使えば、何ら問題は無い。サーラはそう思いながら、届いた小包を開いた。数冊の本と、ひとつの箱。
サーラは、そっと箱に手を伸ばした。おそるおそる開くと、そこには銀色の、美しい細工の施された指輪が入っていた。
「綺麗……」
サーラは呟く。あの時の指輪も確かに綺麗だったが、それとは違う質の美しさだ。
同封されていた手紙に目を通すと、それにはユアンの近況と、指輪についての一言が書き添えられてあった。その指輪は、留学の学びの一環でユアン自身が製作したものらしい。サーラの為に、作られたものだ。
サーラは指輪をそっと、左の薬指に通してみる。指輪は丁度良い大きさで、彼女の指を飾った。
――――いつか本当に、君を守るものを贈るよ。
そう彼が言っていたのを思い出す。温かく護られているような気がして、サーラは安心してきた。
指輪に秘められた、ちいさな魔法――――ユアンの温かな想いが伝わってくる嬉しさに、サーラは小さく微笑んだ。
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