048:穏やかな日々 *
setting from “MOON CHILD”and“鳥籠-bird cage-”

「よ、久し振り」
 陽気な声に視線を巡らせば、見知った顔が其処に在った。此方のが姿を捉えたと知るや、上げた片手を振って応える。
「何か用か? 仕事なら、生憎と今は手一杯だぞ」
「いや、別に何も」
「……はぁ!?」
 さらりと返された声に、素っ頓狂な叫びが口を突いて出た。
「じゃあ何か、用も無いのにわざわざ此処まで来たってのか?」
 その発言は尤もだった。
 彼は今居るこの「内側」では無く、開発の途切れた「外側」の人間だ。隔離されたにも等しいこの二箇所の行き来は、そう気軽に出来る物では無い。しかしそんな事は然したる問題でも無いとばかりの様子で、彼は笑い飛ばした。
「いーだろ別に。用が無きゃ来ちゃいけねぇのか? 俺はただ、美味しいお茶が飲みたいだけ。ちょっと近くに来たから顔を出すくらい、受け入れてくれたって良いんじゃねぇの?」
 拗ねる様に言った仲介役兼請負人は、大袈裟に嘆いてみせる。
 相変わらずの軽い調子を扱いあぐねて、深い溜息ばかりが漏れた。
「さっきも言ったが、俺はこれでも忙しいんだよ。お前と気楽に茶を飲んでる暇は無い」
「なに、仕事? 必要とあらば、手伝うなり人呼ぶなりするけど」
「あー、そんな人様の手を借りる様な大層な事じゃなくてな」
「じゃあ何」
 言い掛けた彼が、言葉を呑んだ。目に入った周辺の状況に、合点がいったらしい。
 それもその筈、辺りには散らばった素材の欠片に工具、更には大きく穴の開いた壁が目の前に聳えているのだから。寧ろ、今の今まで気付かなかった事がどうかと思う。
「なんつーか……凄まじいな。また奴らの仕業?」
「だったら良かったんだけどな」
 思わず漏れた言葉に、自身で呆れる。理由が何であれ、家屋を破壊される事には良い事など無い筈と言うのに。
 だが、敵襲ならまだ諦めが付くのだ。不慮の事故という名目を掲げ、またその原因を押し付ける事によって救いが持てる。
「え? じゃあ何で」
「……あまり言いたく無いんだが…………ちょっとな」
 そう――――身内による被害に比べれば敵襲の方がマシだ。
「キッチンには勝手に入るなと言っておいたんだが」
 耐え切れずぼやいた言葉は、残念な事に相手にまで届いてしまったらしい。ふむと考え込んだ仲介役は、辿り着いて欲しくない結論を導き出していた。
「そりゃ災難だ。此方のお嬢さんお手製料理に比べたら、俺の知るお嬢ちゃんの出来なんぞは可愛いレベルだって事だな」
「あぁ。一体何をどうやったら、料理で壁を破壊する事態になるんだか教えて欲しいね」
「ま、そう落ち込むなよ。俺も手伝ってやるからさ。金の要求なんてしないから、終わったら美味しいお茶の一杯くらいは提供してくれよな。それくらい良いだろ?」
 そう言い切るなり有無を言わせず工具を漁り始めたその姿に、小さな溜息をひとつ。だが茶のひとつで一刻も早く壁が直るのなら、安い物だろう。そう結論付けて、しぶしぶながら頷く。
「……分かったよ」
「じゃ、交渉成立って事で」
 交わされた契約に満面の笑みを浮かべると、彼は仲介役から請負人へと姿を変える。
 そうしてふたつの金槌を打ち付ける音が、高らかに響き渡った。

【 b a c k 】