079:必要な嘘 *
setting from “鳥籠-bird cage-”

 細い指先が、くるりと弧を描いた。そこに纏わりついた髪の一房が、するり指に巻き付く。引き剥がす様に指を引き、また回す。その繰り返し。延々と続くそれから目を逸らし、少年は眉を顰める。
 胸の内に広がるわだかまりは、その正体を現す事の無いままに侵食を深めていた。拭い去れない、違和感。
 何故。どうしてこんな事になったのだろう。
 湧き上がる疑問に、答えが返る事は無い。誰も気付かないのだ。この、些細だが確かな異変に。
「どうしたってのよ、そんな暗い顔しちゃってさ」
 目の前の少女が、笑った。その笑みさえも、記憶している物とはズレがある様に思える。変わってしまったのは、自分なのか彼女なのか。それさえも不確かで、曖昧だ。
 いつだって、ふたりは共に居た。早くに親を亡くして以降、互いに支え合って生きて来た。エスペランサに対する風当たりの強くなった世の中で此処までやって来れたのは、もうひとりの自分が傍に居てくれたからだ。
 鏡に映したかの様に、何もかもが同じで。誰よりも大切で、誰よりも愛しい存在。彼女が居たからこそ、安息と平穏を得る事が出来たのだ。その認識に、間違いは欠片も無かった。ある筈は無かった。――――つい、先日までは。
「べ、別に。何でも無いさ」
「ふぅん。……ヘンなの」
 彼女の問いに反発を見せると、大して気にも留めない様子で話を打ち切る。彼女の興味は、既に違う所へ向かっているらしかった。これ以上傍に居るのが苦しくて、座ったばかりの椅子から立ち上がる。
「俺、もう行く」
「今来たばかりでしょ、用事が無いなら急ぐ事無いじゃない」
「呼ばれてるんだ」
「…………あ、そう」
 所属チームを統括するチーフの名前を出すか否か迷ったが、彼女は何も訊かず退いた。珍しいと思わない訳でも無かったが、下手に触れればボロが出るだろう。本当は呼ばれてなどいないのだから。
「じゃ、午後の訓練でね」
「……あぁ、うん」
 ひらりと手を振る彼女から、逃げる様にしてその場を去った。何故逃げたいのかさえも、分からないままに。
 それはまだ、小さな違和感でしか無い。今は、まだ。

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