088:唯一絶対の *
setting from “MOON CHILD”

 金属を弾く音が小さく響いて、コインが宙を舞った。綺麗な弧を描いたそれを、片手で掴み取る。そのまま拳の形に握られた掌を開くと、其処には銀貨が一枚。これは何だと問う前に声が降った。
「今日のお前の取り分な、ソレ」
「少ねぇよ!」
「馬鹿言うな。それを言ったら俺の方が少ないって」
 呆れた様に息を吐き出した相棒が、指先で弄んでいた銅貨をこれでもかとばかりに見せ付ける。顔の前にずいと突き付けられたその手を、渋い顔で押し戻した。
「とか言いながら他でも稼いでんじゃねぇかよ、お前」
「当ったり前だろ? 請負業やってんのはお前だけじゃ無いの。んで、俺はフィクサーなの」
「フ、フィ……?」
 聞き慣れない単語に、頭がオーバーヒートする。反芻を試みたがすんなりと言葉が出て来る筈も無く、唸る様に眉間に皺を寄せた。そして呆れた様な溜息と共に吐き出された解説を、相棒から賜る。
「あー、フィクサーってのは言ってみれば依頼人と請負人を繋ぐ仲介役な。これが俺の本業だもん、仲介手数料をそれぞれから頂くのは当然でゴザイマス」
「……じゃあ何で俺と組んで仕事してんだよ」
 思わず漏れた疑問に、相棒が動きを止めた。不思議な物を見る様な目で、何度も瞬きをする。真っ直ぐに向けられた視線に、動揺が走った。
「な、何だよっ」
「べっつにー」
 軽い返答と共に、ふいと視線が外される。このままはぐらかされるのかと思った瞬間、静かに返る声があった。
「深い意味は無い。お前となら、組めると思っただけだ。あと、言うなればお前には支える奴が必要だと思ったから……かね」
「何だよ、それ」
「お前、俺と初めて会った時の事、覚えてる?」
「まぁな」
 覚えている。今でもハッキリと。忘れる筈が無い。あの出逢いが、自分の未来を大きく変えてしまったのだから。
「いきなり目の前に現れて『組まないか』なんて言われてよ、何言ってんのかと思ったぜ」
「おいおい、随分な言われ様だな。……ま、事実か」
 あっさりと笑い飛ばして、相棒は話を続ける。
「お前の噂を聞いて、様子を窺いに行ったんだ。腕が立つって噂は間違い無い、荒仕事を頼むにはピッタリの好条件だった。でも、足りない物がある事に気付いた」
「俺に足りない物? お前、そんな事今まで一度も」
「余裕、だよ」
 遮る様に発せられた言葉に、眉根を寄せる。
「余裕?」
「そ。確かにお前は強い。でも、闘う事に必死になり過ぎてる。お前には、背中を預けられる誰かが必要だと思った。誰かに背後を任せるだけの余裕が必要だと思った。そして、その役目を俺なら果たせると思ったからこそ、俺だけが果たせると思ったからこそ、仲介役じゃなく相棒としてオファーしたんだよ」
「そりゃ随分と自信過剰に言ってくれるなぁ?」
「現に、間違っちゃいないだろ」
 そう言って来る相棒の顔は、清々しいまでの自信に満ちていて。精一杯の皮肉も、適わないのだと悟る。
「……まぁな」
 彼と出会うまで、ずっとひとりで生きてきた。自分だけを持っていれば、それで良かった。しかし彼と出会ってから、大切なものが増えた。守りたいものが増えた。背負うものが、増えた。自分を取り巻いていた世界が、急速に変わっていったのだ。
 それを失わない様に維持出来てきたのも、彼のお陰なのだろう。認めざるを得ない。彼の言葉が、真実であると。
「お前は最高の相棒だよ」
「だーよねー。いやぁ俺達相思相愛だねえって事で、もひとつ仕事宜しくー」
 観念して吐き出した信頼の声に返るのは、ひどく軽い調子の反応。それと共に、気楽な調子で肩をぽんと叩かれる。
「はぁ!? 何言ってんだよ!」
 反論した時には既に、相棒の姿は遠退いていた。こういう時だけ足が早いのは、相変わらずだ。こちらの気も知らず、愛車の横でぶんぶんと手を振っている。
「ほーら、早く! 送っていってやるからさー」
「……仕方ねぇなぁ」
 相棒に振り回されるのにも、すっかり慣れてしまった。それが良い事とは、決して思わないけれど。
 呆れる様に息を吐き出して、足を進める。その顔には、僅かな笑みが浮かんでいた。

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