第13話 秘密の共有


「……なんか、夢見てるみたい」
 自宅のソファにダイブしたまま、ぽつりと千歳は呟いた。その脳裏では、数時間前の出来事が反芻されている。
 異なる世界から来たと言う、さくら。踊る様に調理をする魔法。確かに自分の目で見て、聴いた事である筈なのに、時間が経つにつれてそれらが曖昧になっていく気がする。通常ならば考えられない様な、不可思議極まりない出来事であるから――――なのかも知れない。だが、確かに真実なのだ。同時に、頭はそう認識していた。
 ふわふわとした、夢見心地。叶う確率の低い大望が叶った時は、きっとこんな感覚なのだろう。
「ほっぺた、つねってあげようか?」
「いーえ! 結構ですー!!」
 満面の笑みで言ってくる兄を切り捨てる。幸せな心地に浸っているのだから、水を差す様な真似は止めて欲しい。それに、これは現実なのだからつねったら痛いに決まっているではないか。
「でも、驚いたよ。こんな事があるなんてね」
 不意に、慶玖がそう零した。信じ難いと言っている様であり、何処か興味を隠せない様子でもあった。
「驚いたのはこっちだよ。慶玖が素直に頷くなんてさ。もっと屁理屈言って意地悪な質問ぶつけると思ってたから」
「……千歳ちゃんは僕を何だと思ってるの」
「本当の事でしょ。ああいう時の慶玖って、ちょっとでも疑問点があれば徹底的に説明求めてくじゃない。そうしてもおかしくない状況だったと思うんだよね。だって慶玖、魔法とか異世界とか、非現実的だーとか言うタイプでしょ?」
「うーん、それはどうかなあ」
 返答に困っているのか、歯切れが悪いのは気の所為だろうか。返す言葉は、何処か曖昧だ。
「別に、否定するつもりは無いよ。確かに魔法だとか異世界だとか、一般的には非現実的と言える事ではあるけど、僕達は実際に体験した訳だし。自分で見た物を否定する程、頑固じゃないつもりだけど」
「そうなんだ、ちょっと意外かも」
「……千歳ちゃんの僕に対するイメージってどうなってるの」
 困惑する様な顔でそう言って、慶玖は浅く溜息を吐き出した。
「ま、千歳ちゃんが言う事も間違って無いけどね。実際、幾つか気になる所は質問したし。それに対する返答も、特に不審な点は無いと思ったから納得したってだけ。一般常識から考えると少し……いや、かなり理解し難い内容だったけど。それに、彼女が悪い人ではない事は、僕も分かってるつもりだよ。あの人が語った願いは、きっと本物だから」
 さくらをそう評価するとは。少々、意外だった。
 慶玖は見知らぬ他人に対して、一定数の距離を置くタイプだ。気を許せばその距離感は縮まるのだが、警戒心が強いのか、一歩詰めるのにも長い時間を要する。体裁を繕うのは得意だから、表面には出さずそれなりの付き合いは出来るが、自身が信頼するに足る相手と認めるまで本音は絶対に口にしない。そういう、厄介な性質なのだ。
 千歳はその真逆の性格と言っても良い。人は疑うよりも信じるタイプであるし、後先考えず突撃する事も多々ある。双子としては、ある意味でバランスが取れているのかも知れないが。見事に正反対である事は間違いない。
 そんな彼が、会って数日しか経っていない相手を信用する様な事を言うなんて。
 驚きのあまり困惑が顔に出ていたのだろう、慶玖が不審そうな顔をした。
「なに呆けた顔してるのさ」
「い、いや、慶玖が付き合いの浅い人相手にそんな言い方するなんて、初めての気がして」
「そう? 別に珍しい事でも無いと思うけど」
「いや珍しいから驚いてるんだけど」
 本人に自覚は無いのだろうか。思わずツッコミを入れるスピードで返し、千歳は考える。
 自身に害を為す可能性を認めた物や人は出来る限り避けて、歩む道からそれらを排除して安全に生きる。それが慶玖の生き方だ。千歳にしてみれば面倒臭い事この上無いが、自分の人生では無いので正直どうでも良い。
 そんな慶玖は、当然と言うべきか他人への評価も厳しくなりがちだ。人の善行を見てさえ、その裏が無いか読もうとする事がある。そんな彼がさくらを善人であると断言した。そう判断出来るだけの何かを、彼は感じ取ったのだろう。
「……ま、何でも良いけどね。あたしは、あのお店で働ければ満足だし。それに」
「それに?」
「秘密を知ってるのって、ちょっとわくわくしない? 信用して貰ってるみたいで、何か嬉しいって言うか」
 言いながら、顔が緩んでいくのが自分でも分かる。
 秘密の共有という物は、信頼している者同士であってこそ成り立つ物だ。不用意な行動が全てのきっかけとは言え、適当にはぐらかしたり、それこそ魔法で記憶を消す事だって出来たかも知れない。しかしこうして真実を語ってくれた事こそが、さくらからの信頼の証に他ならない。そう思うと、嬉しさでどうしても締まらない顔になってしまう。
「喜ぶのは結構だけど、うっかり他の人には漏らさない様にね」
「分かってるわよ! そんな事するもんですか。信用して話してくれたのに、裏切る様な真似する訳無いじゃない」
 釘を刺す兄に反論して、千歳は気を引き締める様に両頬を掌でぱんぱんと叩いた。心の中で、決意を新たにする。
(よし、明日からのバイトも頑張ろう!)


BACKTOPNEXT