第8話 初代アリス T


「行方が……分からない? 誰ひとりとして?」
 呆然と呟いたルピナスが、信じられないという様に眉を顰めた。
「さっきから矛盾ばかりだわ。城へ導くと言いながら審判を設けて、形式に過ぎないって言いながら辿り着かせないなんて。意味の無い事を繰り返しているだけじゃない。貴方達、一体何がしたいの?」
「君の言う事は尤もだね、レイディ。確かに我々のしている事は、第三者から見て理解し難い行為なのだろう。君達“アリス”にしてみればいい迷惑、といった所だね。それも承知の上で、我々は誓約の下に行動しなくてはならない。その結果が、この通り矛盾した結末になろうとね」
 彼なりに説明をしようとしてくれたのだろうが、アリウムの言葉は要領を得なかった。彼らには何らかの誓約が存在し、それによってこの審判というシステムが作り上げられている事は分かる。しかしその動機に至る部分の説明が明確に存在しない事が、違和感を呼ぶのだろう。
 そして、その動機が説明される機会が来ない事も薄々勘付き始めていた。少なくとも、現時点では期待出来ないだろう。もし仮にルピナスが城に辿り着く時が来たら、その時は理由も明らかにされるのかも知れないが。どの道、それは今ではない。
「……訳が分からないわ」
 それだけを絞り出すのが、精一杯。これ以上何を言っても不毛なだけであると、ルピナス自身が分かっている。しかし物事をハッキリさせないと気が済まない性分が、どうにも顔を出してしまうのだ。だからこそ、ルピナスは自我をぐっと押し込めた。
「でも、貴方が私を案じてくれているのは分かるつもりよ。だから、今はこれ以上の言葉は呑み込むわ。知りたいなら、先に進むしかない。きっと、そういう事なんでしょう?」
「君は聡明だね」
 ぽつり、零れた声音はひどく穏やかで、優しい空気を纏っていた。何処か懐かしささえ感じる響きが、其処にはある。そんな気がした。少なくともルピナスには、そう聞こえた。
「確かに、過去の“アリス”達は城に辿り着く事が出来なかった。それは事実さ。けれどね、君も彼女達と同じ道を辿るという確証は何処にも無いんだよ。そうだろう?」
 そう告げるアリウムの脳裏に浮かぶのは、歴代の“アリス”達の姿なのだろか。
 彼女達の事は、ルピナスには分からない。何人の“アリス”と出会って来たのかも、分からない。ひとりやふたりでは無い事だけは確かだ。此処までの道中、何度か尋ねようとした事はあったが、結局出来なかった。何十、いや、下手をすれば何百人という可能性さえ、有り得る様な気がしたからだ。もしそうだった場合、返答を受け止められるだけの自信が無い。
 例え何十回だとしても、同じ事をそれだけ繰り返してゆくだけの根気を、ルピナス自身は持てるだろうか。其処に強い意志や目的があったとして、続けられる覚悟があるだろうか。
 考えすぎると平静でいられなくなる様な気がして、ルピナスは考える事を放棄した。
「そう、ね。確かに、そうだわ」
「君は君らしく居れば良い。少なくとも、次の扉までは気を張る必要は無いから、安心したまえ」
「出発前に、トレニアも言っていただろう。『ふたつめの扉までは審判など無いような物だ』とな」
「アリウムさんも、次の扉の先に居るネリネも、全ての“アリス”に対して好意的だから。初代の道程をなぞって“アリス”が城に到達する事を、望んでいるんだ。勿論、僕だってそうだよ」
 次々と送られる言葉に、ルピナスは頷いてみせる。
「分かった。この先どうなるかは分からないけど、私はルピナスとして進むだけだわ」
「うん。ネリネもきっと、“アリス”に会えるのを楽しみにしてると思うよ!」
「そのネリネ、というのが次の扉の?」
「うん! 僕の友達なんだ。ネリネは誰よりも“アリス”が大好きだから、きっと喜ぶよ」
 早く会って欲しいなあ、と嬉しそうにトレニアは言う。純朴な彼の友人ならば、性質的にも恐らく近しい部分があるのだろう。“アリス”に対して好意的という所からしても、人懐っこいイメージが浮かぶ。それに反して気になるのは、三番目にして最後の扉の守り人だ。
「ふたつめの扉まではこの調子、という事は、みっつめの扉が肝心って事よね」
 呟いた声を聴いたトレニアが、瞬時に眉尻を下げた。言い辛そうに、言葉を紡ぐ。
「うん……彼女、初代のアリスとはあまり性格が合わなかったみたいで、“アリス”に対しても、ちょっと」
「確かに“アリス”に対しての当たりは厳しい所もあるが、彼女も決して悪人では無い。それだけは、忘れないでくれたまえ。彼女にも彼女なりの意図や決意があり、それに従っているが故の事であると」
「実際に会ってみないと、何とも言えないけれど。でも、貴方の言葉はちゃんと覚えておくわ」
「それは有り難い。君の真っ直ぐなその物言いは、初代のアリスに良く似ているよ。君ならば、城へ辿り着く事もそう困難では無いのかも知れないねえ」
 其処には確かに、懐古の響きがあった。初代のアリスは彼らにとって特別なのだと分かる程に、彼女の存在が顔を出す時は皆似た様な顔をする。何処か嬉しそうであり、また何処か寂しそうにも見える、遠い過去を懐かしむ様な、そんな顔。
「初代のアリスを知っているんですね、貴方も」
「あぁ、勿論だとも。審判という役を受け持つ我々も、案内役を担う彼らも、君達“アリス”に関わる者は全て初代を知っている。その記憶も印象も個々で異なって来るだろうが、それでも唯一言える事はひとつ、『私達は皆、初代のアリスを愛していた』という事さ」
「それは、三番目の扉に居る彼女も?」
 此処までの情報から見ても、愛していたなどという表現に当て嵌まる人物とは考えにくい。半ば疑いにも似た問い掛けに、アリウムは苦笑して首を振った。
「ふたりの相性はお世辞にも良いとは言えなかったかも知れないが、互いに認めていた部分はあったと私は思っているよ。欠片も好意が無い相手ならば、こうして審判を受け持つ事はしないさ」
「確かに、そうね」
 アリウムの言う事は、尤もであった。愛情が無ければ、複数の“アリス”を導く事を繰り返したりはしない。仮に義務感で役目を担ったとて、何処かで挫折が起きるだろう。個々の感情が別方向を向いていたとしても、愛情かそれに近しい何かが根底に無ければ、とうの昔に破綻していた筈だ。
「初代は、きっと素敵な人だったんでしょうね。そんな人に似てるって言われるのは、嬉しいわ」
「そう思って貰えるのならば、光栄だよ。さてレイディ・アリス。他に、訊いておきたい事は無いかね? 質問があるのならば、今のうちにしておいた方が良い。この先では、それも少々難しいだろうからね」
 淹れたての紅茶の入ったカップを差し出しながら、アリウムが言う。
 言葉には少し引っ掛かる気もしたが、ルピナスは深く考える事を止めてカップを受け取った。こうして問答の機会をくれたのだ、言葉に甘えて時間を有効に活用すべきだろう。
「そうね……大体の事は教えて貰ったから、取り敢えず“アリス”の事についてはある程度理解したつもりなのよね。だから折角だし、まずは貴方の事を教えてちょうだい?」
 それは、予想に反する問い掛けだったのだろう。アリウムは、驚いた様に目を瞬かせるのだった。


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