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第7話 審判の意味 まるで前提を覆す様な発言に、ルピナスは困惑した。みっつの審判が必要だと説明され、それを覚悟して進んだというのに、冒頭から無条件で次へスキップ出来るという展開は腑に落ちない。 「え……ちょっと待って。だって先に進むには審判が必要なんでしょう?」 「確かに、我々はそういう表現を使っているね」 「それじゃあ、貴方の言葉は矛盾しているわ。審判が必要なのに、何もしないで先に進めるなんて。そんなの審判なんて物が存在しないのと一緒よ。それならそんな単語を使う必要が無いもの」 ルピナスの言葉に、アリウムは大きく頷く。その答えを待っていたかの様に。 「そう、その通りだよレイディ。審判、などという名称を付けるから誤解が生まれるのだろうね。我々の言う審判は、あくまでも形式に過ぎない。そういうルールが名目上存在している、というだけなのさ。どう動くかは、それぞれの扉を司る者、各々の判断に全て一任されているのだよ」 「つまり貴方が審判をせずに次の扉へ案内しても、問題ではない……と」 「ご名答」 ぽつり、確かめる様に呟くと、茶目っ気たっぷりのウインクが返って来た。 「そして私は過去、全ての“アリス”を次の扉へと導いている。例外なくね。つまり、君の歩みを此処で留めるつもりは無いという訳さ。先へ進もうとする“アリス”を無残にも足止めしようだなんて、そんな事をするものか。だから、その点に於いては安心してくれたまえ。君の旅路が此処で終わる事は無いよ」 「本来、全ての“アリス”は女王の許へと辿り着かねばならない。そう考えれば、当然の事だろう」 何を当たり前の事を、とでも言い出しそうなアスターの言い分に、ルピナスは反撃した。 「なら、それこそ審判なんて必要無いじゃない。そのまま城にでも連れて行けば良いんだわ。何が目的でそんなルールを決めたのか知らないけれど、最早ルールですら無いじゃない」 「そうだね……そう出来たら一番手っ取り早いのかも知れないけど、難しいかもね」 「君のその率直な物言いは、嫌いではないよ。しかし残念だが、そういう訳にもいかない。幾ら“アリス”として呼ばれたからといって、誰も彼もが女王に会える訳では無くてね。女王に会わせられる“アリス”であるか、それを確認する為に我々が審判と呼ぶ問答を行っているのさ」 「形式的な物かも知れんが、この行程には意味がある」 口々に反論が返って来て、ルピナスは押し黙った。物事には理由がある、という事なのだろう。例えそれが客観的に見て不可思議な事でも、彼らには強い意味を持つならば、部外者であるルピナスがどうこう言える立場では無い。先に進めるという事実そのものは、決して悪い事では無いのだから。 「良いわ、それについてはもう口出ししない。それで、私はどうすれば良いの?」 現状を受け入れる決断をしたルピナスは、先を促した。アリウムは穏やかな声で、答える。 「少し、私と話をして貰えるかい?」 「え、話?」 「あぁ。幾ら先へ進む事が確定してるとしても、このまま見送ってしまうのは些か寂しいじゃないか。過去にも“アリス”は来たけれど、今の“アリス”は君だけだからね。少しくらい交流を持ってもいいだろう?」 その言葉が、無性に嬉しかった。目が覚めてから此処まで、自分をルピナスと呼んでくれる者は皆無で。自分が自分であるという確かな意義を、奪われている様な覚を覚えていた。彼も確かに“アリス”と呼ぶ事に違いは無いが、それでも自分自身の存在を認めてくれた。呼び名は同じでも、他の“アリス”とは違うという認識を示してくれた。そんな些細な事が、今のルピナスには有り難かった。 「分かった。この状況を早くどうにかしたい気持ちに変わりはないけれど、慌てても良い事は無いしね」 「嬉しいよ、レイディ。では、精一杯のお持て成しをさせて頂こう」 アリウムは仰々しいお辞儀をひとつしたかと思うと、優雅な仕草で片手を差し出す。あまりにも流れる様な動きにつられて、気付けばその掌に自分の物を重ねていた。柔らかく微笑むと、アリウムはソファへと導く。そうして柔らかなソファに身が沈んだ所で、ルピナスはハッとした。育ちの良さを感じさせる、自然なエスコート。アスターは彼が貴族では無いと言っていたが、信じられない程に様になっていた。 「お茶の用意をしなくてはね。動きながらでも構わないのなら、何か質問に答えようじゃないか」 棚から食器類と茶葉を取り出しながら言ったアリウムが、未だ入口付近に立ち尽くしたままのふたりに目を遣る。まるで、今この時に存在を思い出したかの様に。 「あぁそうだ、君達も遠慮なく座って良いからね」 「……そうさせて貰う」 アスターは低く声を絞り出すと、広い部屋を無言で移動した。ルピナスの横や正面を避けようとしたのだろうか、先刻までアリウムが座っていた椅子に腰を下ろす。トレニアは僅かに迷う様な素振りを見せたが、弾む様な足取りでやって来るとルピナスの横に収まった。 「確かに遠慮なく、とは言ったけどね」 アスターの行動はやや予想外だったのか、手際よく手を動かしながらアリウムが苦笑する。 「まぁアスター君の事は置いておいて。レイディ、何か訊きたい事はあるかい?」 「改まって言われると結構出て来ない物だけど……そうね、ずっと疑問に思っていた事があるの。今まで来た“アリス”達のこと。過去にも沢山来たって言うけど、彼女達は城に辿り着けなかったのよね? その後はどうしたの?」 困った様に眉尻を下げて、アリウムは答えた。 「残念ながら、その後の“アリス”の行方を知る者は居ないのだよ。誰ひとりとしてね」 |
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