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第14話 少女の見る“アリス” 「貴方にとって、初代のアリスがどんな人だったのか……訊いても良いかしら」 率直な問い掛けにネリネは迷わず頷くと、ゆっくりと口を開いた。 「最初のアリスはね……とっても優しいひと。あったかくて、お日様みたいなひと」 そう表現するネリネの表情は、穏やかな笑みを湛えている。静かに伏せた瞼の裏に彼女の姿が浮かんでいるかの様に、手を伸ばしたら触れられる程の距離に彼女を感じ取っているかの様に、ネリネは確かな口調で初代の事を語った。彼女自身が胸に抱く初代への思いがそのまま、言葉を介してダイレクトに伝わって来る。そんな風にさえ感じる、声音であった。 「わたし、いつも寝ちゃうから。だから、トレニアの他のお友達、いなくて。でも、アリスは『それでいいんだよ』って、わたしの頭、撫でてくれた。わたしは、わたしなんだって。無理をしなくても、わたしのままでいて、いいんだよって。アリスはね、そう、言ってくれたの」 「そう……本当に、真っ直ぐな人だったのね。彼女」 ネリネなりの言葉で語られた初代像は、また一味違っていた。女王に正面切って指摘をしてみせた、苛烈な正義感を持つ少女。曲がった事を嫌い、自分の身さえ顧みず信念を貫いた少女。自身の正しさを理解し、そう在る事に全力だった少女。今まで耳にしていたのは、そんな「強い女性」というイメージ像であった。無論、強さと優しさは同居出来る。何らおかしい事は無いのだが、ネリネの語るアリス像は他と違う様に感じて、何処となく不思議な感覚に陥った。 主観というのは、こうも印象を変える物なのだろうか。 「ねえネリネ。貴方はまた、アリスに会いたいと思う?」 ふと口を突いて出た問いに、ネリネは不思議そうにぱちぱちと目を瞬かせる。 「わたし、今、ちゃんと“アリス”に会ってるよ?」 「や、ある意味ではそうかも知れないけど……」 純真なネリネの言葉に、ルピナスは頭を抱えた。確かに今のルピナスは、周囲から“アリス”と認定されている。それはつまり、ネリネの目の前に居るルピナスも“アリス”である訳で、そう解釈をすれば間違った事は確かに言っていない。言っていないのだが、それはルピナスの言いたい意味合いでは無い。 「そうじゃなくて、私が言ってるのは最初のアリスの事よ。最初のアリスに、また会いたいかって」 「ここにいる“アリス”も、最初のアリスも、同じだよ?」 何とか的確な表現をしようと奮闘するルピナスであったが、ネリネは理解出来ないといった風にかくんと首を傾けるばかりだった。まだ幼げな彼女の中では、“アリス”と呼ばれる者を一括りにして認識しているのかも知れない。そう思える様な言動だ。 「ネリネってっば、“アリス”っていう概念でひとまとめにしてるのかしら……ええと、そうじゃなくて」 「追求した所で、納得のいく答えは得られないと思うぞ。彼女にとっては、お前も初代も、等しく“アリス”だ。それ以上でも以下でもない」 唐突に、アスターが割って入る。彼の言も、ルピナスの推測と同じ物であった。急な横槍を入れられて、『これ以上は無駄だ』と暗に言われるのは癪に障ったが、彼の言う事は恐らく正しいのだろう。そう納得する事で、ルピナスは自分自身を落ち着かせる。 「これ以上は無駄にネリネを混乱させるだけ、って言いたいの?」 声に若干の棘が含まれてしまった様な気もしたが、アスターの表情が変わる事は無かった。僅かも変化の無いクールな顔のまま、ちらりと此方を一瞥したアスターが静かに言う。 「お前が本当に知りたいのは、そういう事では無いのだろう?」 確かに、そうだ。今この場で大切なのは、ネリネの“アリス”という存在に対する認識では無い。あくまでも彼女が初代のアリスに抱いていた感情。彼女への想い。そして、それらを内包するネリネ自身だ。 「……そうね。それじゃあネリネ、もうひとつ良いかしら。改めて、貴方の事を教えてくれる?」 「わたしの、こと?」 きょとんとした様子のネリネに、ルピナスは笑い掛ける。 「そう。貴方の事よ。此処に来てまだ少ししか経っていないけれど、もうじき私も次に向かわなくちゃならないから。だからその前に、貴方の事をもっとちゃんと知っておきたいの」 「“アリス”、もう行っちゃうの?」 此処を去る旨の発言に反応を示したネリネが、悲しそうに眉尻を下げる。アリスに対して深い愛情を抱き、誰よりも懐いているらしい彼女からしてみれば、例えルピナスが彼女達のよく知る初代で無いとしても離れ難い存在なのだろう。そう思えば、ネリネの反応も当然と言えた。 ルピナスは小さく笑ってネリネに視線を合わせ、優しく語り掛ける。 「私も、もっと貴方と話をしていたいけど……それでも、行かなくちゃならないの。だけどね、これを最後にするつもりは無いわ。無事に城へ行けたとして、帰る方法を知る事が出来るのか……それは、分からない。だけど仮に帰れるとしても、その前に会いに来るわ」 「ほんとう? また、会える?」 「ええ、必ず。約束するわ。これを最後になんてさせない」 確かな声音で言い切って、ルピナスは小指を立てる。ネリネはそれに、自身のちいさな指を絡ませた。 この先の事は、ルピナスにも予測が付かない。この約束が本当に果たせるのかも、定かでは無い。自身の意思が介入する隙も無いまま、永遠の別れとなる可能性もある。それでも、ルピナスはこの約束が果たされる事を信じていた。だからこそ、強くルピナスは頷いてみせる。 「だから、貴方の事を教えてちょうだい。貴方の好きな物、好きな事、なんでも良いわ。無理に聞きたい訳じゃ無いから、言いたくなければ黙ってても大丈夫。貴方が話したい、自分の事で構わないわ」 「わたしの、こと……」 ぽつりと呟く姿は、戸惑っている様にも見えた。今までの彼女の振る舞いを見る限り、言葉にして語るというのは不得意なのかも知れない。だが、悩みながらもどうにか言葉にしようとする様は見守りたくなる程で、ルピナスは急かす事無く彼女の言葉をただ待った。 「わたしは、アリスが好き。最初のアリスも、今ここに居る“アリス”も、今まで来た“アリス”も、好きだよ」 「そうね。今までの貴方を見ていても、それが凄く良く伝わって来るわ。本当に、大好きなのね」 何よりも、一番にその名を挙げる程に。彼女の中で大きな存在である事を、思い知らされる。 「うん。あとはね、お茶会が好き。みんなで集まって、おしゃべりしながら美味しいお菓子を食べるの」 「それじゃあ、次に会った時はまたこうしてテーブルを囲んで、お茶会をしましょう」 そう言葉にすると、ネリネの顔が嬉しそうに綻んだ。 「やくそく、ね!」 喜びの滲む声でそう言ったネリネの瞼が、ゆっくりと下がり始める。定期的にやって来るという、眠りのターンに入り始めたのだろう。うとうとするネリネの頭を、ルピナスはそっと撫でた。 「おやすみなさい、ネリネ。きっとまた、会いましょう」 この笑顔を絶やさない為にも、交わした約束を果たす為にも、今は先を進まねばならないのだろう。その先に待つ物が何か、分からずとも。今は、城を目指すだけ。 「でもその前に……最難関があるのよね」 不意に思い至った事実を言葉にすると、アスターとトレニアは苦笑にも似た表情を浮かべるのだった。 |
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