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第13話 もう一度あの場所へ 自宅までの帰り道を、スピカは重い足取りで進んでいた。 頭の中で、休止宣言された時の衝撃が嫌が応にも繰り返されている。人生とは、本当にままならぬものだ。全て思い通りに描かれる人生を歩める者など、一握りにも満たないのだろう。その事実を、改めて実感した様な気さえした。考えすぎだとは自身でも思うが、今はどうにも悪い方向にばかり考えてしまう。 表に出せない劣等感が、気持ちを焦らせていた。天才と呼ばれた者を前にして、その余裕を前にして、彼の持つ威光にただただ身を伏せられていたら楽だっただろう。手の届かない存在と、自分では到底辿り着けぬ極みに達した者と、そう割り切れてしまったら。だが、生まれてしまった憧れは、スピカを離してくれはしなかった。 スピカは普段、魔術とは全く関係の無い一般学校に通っている。放課後になると週に数回の頻度でシャウラの営む個人教室に通い、そこで学ばせて貰っている身に過ぎないのだ。 そもそも、特に才があった訳では無い。ごく平凡の家庭に生まれ、特出した才能を持たずに過ごして来たからこそ、自身でも特別な「何か」を作りたくて、魔術の世界に足を踏み入れただけなのだ。魔術を学ぶ事は、楽しい。それは真実だ。だが残念ながら、才能と呼べるものは未だ花開いていない。何かしらの強みがあればそれを伸ばす事で優れた技能に昇華する事も出来るが、適性を調べても引っ掛かるものが見付からないのだ。 ただの趣味として今後も魔術に触れていくのか、それとも自分には合わない世界と切り捨てた方が楽か。何度か考えては見ない振りをして来たこの問題と、改めて向き合う必要が出て来たのかも知れない。 そんな思いを悶々と抱えながら、歩いていると。 「あら、貴方……ええと、確か。スピカ、じゃない?」 背後から、不意に声を掛けられた。女の子特有の可愛らしく高い声ながらも、意志の強さを滲ませるハッキリとした発音で紡がれた自分の名に、スピカは反射的に振り返る。其処には、ネイビーブルーの髪をツインテールに結った姿が印象的だった少女――――エルナトの姿があった。 想像もしていなかった姿に、スピカの胸が跳ねる。 「え……っと、エルナト……さん」 「何よ他人行儀ね。あたしの事は呼び捨てで構わないわよ」 エルナトは、さらりと言ってのける。確かに初対面でこそ無いが、馴れ馴れしく語り掛けられる様な関係性でも無い様な気がするのだが。そう思ったが、言葉には出来なかった。勿論言うつもりなど皆無であったが、それ以上にエルナトが言葉を挟ませない勢いで次の言葉を口にしていたからである。 「貴方、此処で何してるの? 荷物が無いって事は、薬草は届けたんだと思うけど」 「あ、はい。薬を届けて、今は家に帰る所で……エルナト、こそどうして此処に?」 まだ距離感を掴めていない相手を呼び捨てるのは抵抗があったが、彼女が望むならと努力する事にした。当の本人はそれを変に気に留める事もせず、素直に問いに答える。 「ほら、あたしはこの時代に飛んで来てまだ数時間程度でしょう? あの時はすぐシリィ達に出会えてそのまま移動しちゃったけど、もう少し自分の好きにあちこち見てみたいって思って。それでひとり出掛けて来たってワケ」 皆には「夕暮れも近いから明日にすれば良いのに」なんて言われたわ、などと言いながら、エルナトは悪戯っ子の様にウインクひとつして見せる。何処か小悪魔的なその仕草が、彼女の風貌に良くマッチしていた。 「まだ日が昇ってるなら充分よって出てきちゃったけど……でも、来て正解ね。貴方に会えたわ」 「え、と。私?」 「そうよ。他に誰が居るって言うの」 ずいと顔を寄せて、エルナトは言い切った。そう言われる理由に心当たりは無く、スピカは困惑する。 「ええと、どうして私なんかに」 「ほら、あたしの周りって他に女子が居ないでしょ? 当時はシリィが居ればそれで良かったし、あまり気に留めてなかったんだけど……こうして未来に飛んで来て、これからどうしよっかなーなんて考えたらね、やっぱり普通の女の子みたいな事もしてみたいなーなんて、思ったりしたのよ」 「……つまり?」 「もう、鈍いわね。お友達として仲良くして欲しいって言ってんの!」 「え。えぇえええ?」 想像もしていなかったエルナトの言葉に、スピカは目を見開いて絶叫した。周囲を歩く人々が訝しげに視線を投げてきたが、それすらも視界には入って来ない。スピカにとっては、それほどの衝撃であった。 憧れる事すら烏滸がましいと思える程の、雲の上の存在。それはシリウスだけでは無く、エルナトも同様だ。そんな手の届かない筈の存在が、自身と同じ土俵に立っている様に思える事が不思議でならなかった。畏れ多いと思う気持ちは確かに胸の内にあって、動揺として表に出て来る。だがそれと同時に、表現しようの無いこそばゆさも感じていた。嬉しいという気持ちが、どうにも隠し切れない。 感情の整理が追い付かず混乱するスピカに、エルナトは更に顔を寄せて問う。 「で、貴方の答えは? あたしと仲良くしてくれる気はあるの? 無いの!?」 「あ……っ、あります……!」 エルナトの勢いに圧され、スピカは咄嗟にそう答えていた。 有無を言わさない程の威力があった事は確かだが、回答自体はスピカの本心でもあった。未だほんの少ししか交流は無いが、彼女が裏表のない真っ直ぐな性格である事はよく分かる。だからこそ、友人として接する事が出来れば楽しいだろう。そんな認識を持った事は間違いない。そして、魔術についても何か参考になる話が聴けるかもしれない――――そんな、都合の良い展開を夢見てしまった事もまた、事実であった。 どちらにしても、断る理由などスピカには無かった。エルナトは満足そうに頷く。 「やった。これであたしも当世を満喫出来るわ。この時代の事、いっぱい教えてよね。その代わり、あたしで分かる事とかあったら教えるから遠慮なく言って頂戴」 「え……っと、ありがと、う」 「それじゃあお近づきの印に、って事で……次はいつ、来れる?」 「来れる、とは?」 あまりにも流れる様に問い掛けられたので、スピカは思わず訊き返していた。 「決まってるじゃない。シリィの家……いや、アトリアの家っていう方が正しいのかしら……とにかく、あの小屋! この前は中途半端だったし、折角だからもう一度皆で集まって話でもどうかしらって思ってるのだけど。貴方だって、百年前の出来事で気になる事もあったりするでしょう?」 「まあ……確かに」 逃げる様に出て来てしまった事を思うと、どんな顔をして再びあの場に行けばいいのか分からない。だが、恐らく彼らは誰ひとりとしてその事を気に留めていないのだろう。シリウスあたりは心境に勘付いているのかも知れないが、変に触れて来る事はしないという妙な確信があった。 もう一度あの輪の中に飛び込んでいく事にまだ若干の抵抗感は残っているが、この環境を上手く利用出来れば今後のステップアップも可能ではないだろうか。スピカはそう、前向きに捉える事にした。 眩しい光に照らされれば照らされる程、影は濃く出来上がる。それと同じ事なのだろう。頂点に立つべき存在として燦然と輝くシリウスを筆頭にした、偉大な魔術師達。その存在は眩しすぎて、普段はほんの僅かだけ抱いていた負の感情が増幅されてしまった、と――――半ば強引な解釈ではあるが。 「一応、明日は私もお休みなのだけど」 「じゃあ明日で良いわ。貴方の都合の良い時間で構わないから、来てくれる? 美味しいお菓子とお茶、用意して待ってるわ。アルは……まぁついでに声だけは掛けておくわね。時間が会えば来るでしょ」 「あ、えっと、はい」 「よし、じゃあ決まりな!」 やや勢いに呑まれた展開ではあったが、こうして約束は取り付けられた。もう二度と足を踏み入れる事が無いと思っていたあの場所に、スピカは早くも舞い戻る事となったのである。 |
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