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第2話 Reach for the dream 「……という訳だそうですが。いかがです?」 ツグミの私室を訪ねたカナリアが来訪者の意向を伝えると、部屋の主はあからさまに表情を変えた。 「冗談じゃない。他人を此処に入れるだけでも不本意なのに、弟子だなんてとんでもない話だ」 返って来たのは案の定、全否定の回答だった。カナリアとて素直に頷くとは欠片も思っていなかったが、此処まで予想通りの反応だといっそ清々しい気さえして来る。 「僕は、弟子を取る気は無い。すぐにもで此処から出て行って貰ってくれ」 「それはあまりにも情が無さ過ぎるのでは?」 駄目押しとばかりに発せられた言葉に、カナリアは食い下がった。 「どれだけの間かは分かりませんが、雪の中で倒れていたんですよ? それをすぐに追い返せ、というのは流石に冷たすぎます。幾らツグミでも、そこまで薄情では無いと思っていましたが」 「意識が戻るまでの看病を許した事自体、寛大な措置だったと思うけどね」 少々強く反論しすぎただろうか、などという思いは、更に返った言葉に打ち消された。何処まで頑固なのだろうか。そんな思いも浮かぶものの、そうなるに至った原因を知っているが故に、カナリアも強く反撃が出来ない。ツグミにはツグミなりの意見があり、主義があり、理由がある。それを守っているに過ぎないのだ。 しかし、だからといって言われるがまま銀世界に放り出す事は出来ない。雪そのものは魔法による物だが、降り積もった雪は本物と大差ない。触れれば冷たいし、長時間外に居れば風邪もひく。 「君と師匠以外、誰も此処に立ち入らせない事をルールにしていたんだ。現状はルール違反でしかない」 「では、このまま追い出してまた雪の中で倒れても問題無いと? もう外は吹雪が戻っているんですよ」 「君が戻って来たのならば再び此処を雪で閉ざす。当然の事さ」 当たり前の様に、ツグミは言い切る。しかしカナリアとて引けない。人の命が懸かっているのならば、尚更。 「貴方の気持ちは分かります。ですが、もう少しだけ待って貰えませんか? せめて彼女の体力が戻るまでは。まだ若干熱もありますし、このまま外に出ては危険です」 何とか滞在の許可を取り付けようと、カナリアは必死に言葉を探す。どうすれば納得して貰えるのだろう。 「――――人の命の重さは、貴方も充分承知しているでしょう?」 思わず飛び出してしまった言葉に、ツグミの顔色が変わった。動揺する様に視線を彷徨わせ、弱々しく呟く。 「…………君は狡いな。僕が反論出来ないと分かっていて、そういう事を言うんだから」 「そんなつもりはありませんよ。ただ、事実を申し上げただけですから」 「……分かった。君の思う通りにすればいい」 少しの間があって、ツグミは頷いた。念押しは忘れなかったが、充分に前進と言えよう。 「但し、僕は一切関わらない。勿論弟子というのも認めないし、体調が戻れば出て行って貰う。いいね?」 「はい、それでも構いません。……ありがとうございます。やはり貴方は、優しいお方ですね」 ふわり微笑んで、カナリアは謝辞を伝えた。そうして軽く一礼すると、部屋を後にする。 「……優しくなんてないさ、僕は」 孤独に戻った部屋の中でぽつりと零された言葉は、何処か自嘲の響きを纏っていた。 翌朝。リビングとして使っている部屋に足を踏み入れたツグミは、予想していなかった歓迎を受けた。 「初めまして! 私はハツネっていいます。滞在を認めて下さって、本当にありがとうございました!!」 満開の笑顔と共に繰り出された勢いのある挨拶に、ツグミの表情が引き攣る。 「……カナリア。僕は、一切関わらないと言った筈だが」 絞り出した声は、震えていた。それが怒りによる物か、動揺による物か、流石のカナリアにも判別が難しい所だ。少なくとも言えるのは、この状況を彼女が歓迎している訳では無いという事だろう。 「しかし此処に滞在する以上、顔を合わせない事は不可能ですよ。そこは、覚悟を決めて下さい。必要以上の干渉はせずとも構いませんが、挨拶くらいは人として常識ですよ、常識」 びしりと指摘してみせると、ツグミが言葉に詰まった。何だかんだで根が真面目なのだろう、常識と言われてしまえば切り捨てる事が出来ないらしい。其処に、彼女の優しさが表れているのだろうとカナリアは思う。 「……別に、僕が助けた訳じゃない。礼なら、そこのカナリアに言うべきだろう」 視線を逸らしたまま、ツグミは言う。弱々しい声音ではあったが、それは確かにハツネに向けられていた。それを聴いたハツネが、納得した様に頷いてカナリアに向き直る。 「そうですね。改めて、ありがとうございました、カナリアさん。貴方のお陰で助かりました!」 ぺこりと頭を下げたハツネが、謝礼を述べる。かと思うと、即座に言葉を続けた。 「まさか、こんなにも雪が深いとは思ってなくてですね、苦戦していたら途中から全然記憶が無いんですよね」 つらつらと語るその様子を見ていたツグミの眉根が、次第に寄っていく。 「……カナリア。君の報告と話が違うんだが? どう見ても元気じゃないか」 「ふふ。明るい方ですよね。でも、まだ少し微熱があるんですよ。何も間違っていません」 すかさずフォローを入れて、カナリアは微笑む。笑って誤魔化すつもりは無いが、それが一番最善なのも事実だった。しかしツグミは、不本意とばかりに困惑の顔をしている。 「…………言い包められた気がする」 ぼやくツグミは見なかった事にして、カナリアは話題を変える。 「さあさあ、食事にしましょう。貴方も席に着いてください。ツグミ」 「…………! ツグミ!!」 いつもの癖で思わず呼んでしまった名前に、ハツネが即座に反応した。目を輝かせて、ツグミへと迫る。 「やっぱり貴方、賢者ツグミなんですね!!」 「賢者、と呼ぶのは止めてくれ。そんな呼び名は、とうの昔に捨てたんだ」 ツグミは吐き捨てる様に言う。その空気に、流石のハツネも躊躇う素振りを見せた。 「そう、なんですか。では何とお呼びすれば?」 「賢者と呼ばなければ何でもいい」 「では師匠と! 私は、貴方の弟子になりたくて此処まで来たのですから」 「却下だ」 チャンスとばかりに主張をしたハツネであったが、即座に切り捨てられた。 「此処に滞在する事は認めたが、それは君の体調を考慮しての事だ。元気になったのならすぐにでも此処を出て貰うし、僕は弟子を取る気はこれっぽっちも無い」 「そんなあ!」 「一目見ても分かる。君には才能が無い。別の道を探した方が賢明だな」 駄目押しの一言を告げたツグミは、テーブルの上に広げられた朝食のプレートを手に取った。 「……悪いが、僕は部屋で食べる事にするよ」 そう言い残して、ツグミは有無を言わせずその場を去った。取り残されたハツネが、弱々しく呟く。 「……あの、私、怒らせてしまったんでしょうか」 「そんな事はありませんよ。あの人は……そうですね、ちょっと不器用なだけなんです。不器用で、優しくて……繊細すぎるから、ああいう態度を取る事しか出来なくなってしまったんですよ」 そう――――繊細が故に傷付き易く、それ故に言葉で武装する。自身が傷付く前に、攻撃的な態度を取る事で自身の心を守る。それが今のツグミだ。 「そう、なんですか」 「ええ。ですから、貴方が気に病む必要は無いんです。これは……あの人の問題、なんですから」 ぽつり呟いた言葉は、誰に届く事も無いまま虚空に消えていく。 ――――と。 「おはようさん。邪魔するぜ」 第三者の声が届き、視線を動かすと、すっかり見慣れた来訪者の姿が其処にはあった。 「おはようございます、ハクロウさん。こんな時間にいらっしゃるなんて、今日はお早いんですね」 「あぁ、まぁな。ちょっと色々あって逃げて来たと言うか」 歯切れの悪い言い回しからすると、恐らく面倒な会議か何かを前にしていて、その気晴らしに顔を出したのだろう。彼の事だから、もしかしたら文字通り会議そのものから逃げて来たのかも知れない。 「もう。ちゃんと向き合わないと後になって後悔しますよ」 「耳が痛いな。そういや、ツグミはどうした?」 辺りを見回して、ハクロウと呼ばれた青年が問う。それに、カナリアは苦笑した。 「私が少しばかり、独断で動きすぎまして。ちょっと、ご機嫌斜めです」 「なるほど。そこのお譲さんに関係している、という事かな?」 ちらりとハツネを一瞥して、ハクロウが言う。その視線に気付いたハツネが、慌ててぺこりと頭を下げた。 「あ、初めまして! ハツネです!!」 「これはどうも、ご丁寧に。俺はハクロウ、あいつの……ツグミの師匠だった者、と言えば良いかな」 「だった……?」 過去形の表現を疑問に思ったのだろう、ハツネが首を傾げる。 「あぁ。あいつは今でも師匠と呼んでくれるけどな。俺としては、もう実力で追い越されていると思っている。そんな奴に師匠と呼ばれるのは、何だか申し訳無い気持ちでな。自分では名乗らない様にしてるんだ」 「そう、なんですか」 頷いたハクロウが、話題を変える。 「ところでお嬢さん、いや、ハツネだったか。君は何故此処に? あいつが此処に他人を入れるなんて珍しいな」 「私、弟子入りしたくて来たんです」 真っ直ぐに、ハツネは言い切った。ハクロウの表情が、僅かに驚きの感情を孕む。 「でも此処に来る途中で倒れちゃったみたいで。カナリアさんに助けて貰いました」 「これも何かの縁と思いまして……それ故に少し、無理に押し付けすぎてしまいました」 ハツネの説明に、カナリアも補足する。 ツグミの現状。それを打破するきっかけになるかも知れない。そう思えばこそ、心の何処かでハツネの存在を手放せないと思ってしまっていた。それ故に、強引に話を運ぼうとし過ぎた節はある。 「なるほどね。確かに弟子というのはな……」 渋い顔で、ハクロウは頷く。彼自身、ツグミの現状を良く把握している。それ故、今でも頻繁に屋敷まで顔を見に来ていた。カナリアも含めて過保護すぎるのかも知れないが、どうにも不安になるは致し方無いのだろう。 「あいつは、弟子を取らないと決めているのさ」 「そうなんですか?」 「まぁね。確かに昔は居たんだが……そうだな。少し、昔話をさせて貰おうか」 僅かに悩む素振りを見せたハクロウだったが、そう前置いて彼の言う「昔話」を語り始めた。 「あいつが賢者と呼ばれていた事は、知っているだろう?」 「はい。最高峰の魔法使いだって、そう聞きました」 ハツネは頷く。賢者と呼ばれたツグミの存在は、多くの人の知る所だ。魔法に関わりの薄い者ですら、その名を耳にした事があるという程に。無論魔法に携わる者の中では有名であり、当時その名を知らない者は居ないとさえ言えるくらいの知名度を誇っていた。 「その賢者として過ごしていた頃だが、あいつにも弟子が居た。凄く目を掛けていて、指導にも熱心でな。将来にも、期待していたんだろう。弟子の方も、一生懸命でな。その関係性を、俺も微笑ましいと思っていた」 「今のお姿を見ると、少し考えにくいかも知れませんけどね」 カナリアの一言に、ハツネは正直に頷く。 「はい……確かに……」 「だが、事件が起きた。練習中の事故で、魔法の暴走があったんだ。それが原因で、弟子は命を落とした」 「え……」 ハツネが絶句する。無理もないだろう。当時の状況を知るカナリア達ですら、未だに信じる事が出来ないのだから。どうか夢であって欲しいと願う程の、事件。それが、ツグミの過去に暗い影を落としていた。 「ツグミは、弟子の死は自身が招いた事だとしてその責任を全てひとりで背負い込んだ。そして、二度と弟子を取らぬ事を誓って表舞台から姿を消した。それで、今こうして此処に居るって訳だ。言葉にこそ出さないが、未だに罪悪の念を抱いているんだろう。人を避けて、こうして籠ってるくらいだからな」 「そんな……初めて、聞きました」 呟く声は、震えていた。ツグミが拒絶する意味を理解したが故の動揺が、彼女の中に広がっていく。 「あまり大事にならないよう俺も手を回したからな。知らなくても無理はないさ。ま、そんな訳で君には残念なお知らせになるが、あいつの弟子になるというのは現状厳しいだろうな」 ハクロウはそう締め括ったが、暫し考え込む様な顔をしていたハツネが、唐突に呟きを零す。 「――――現状、ですよね」 「ん? あ、あぁ。あいつが過去と決別して、前を向ければ話は別かも知れんが……今のままでは到底無理だ。難しいと言わざるを得ないな」 「なら、前を向いて貰えばいいんです。いいえ、前を向かなくちゃ」 ハッキリと、ハツネはそう言い切った。その瞳は、希望の光が宿っているかの様に輝いている。 「いつまでも過去にしがみついていたら駄目です。その苦しみがどれほどの物か、私には分かりません。当事者じゃないから言えるんだ、って言われたら反論出来ません。それでも、このままであっていい筈が無いんです」 それは、カナリアやハクロウが夢見た未来だ。そして、諦め掛けている未来でもある。それがどれだけ困難なのか、ふたりは身をもって知っている。それ故に、ハツネの言葉に素直な反応を示す事が出来なくなっていた。 「確かに君の言う事は正しい。だが、そう簡単な問題じゃないぜ、これは」 「分かってます。でも、このまま引き下がるなんて出来ません。弟子になるとかならないとか、そんな事はもう関係無くて。お節介だって事も分かってるつもりだけど、でも何とかしたいって……強く思うんです」 真っ直ぐな目をして、ハツネは言う。そこには確固たる強い意志と、決意が秘められていた。それに、カナリアの心は揺れ動く。前に進む事を諦めて現状維持を保っていたが、それは間違っていたのでは無いだろうか。 「そう、ですね。ええ、そうです」 「カナリアさん?」 「ずっとこのままで良いだなんて、そんな訳が無いのですものね。ええ、そうですとも」 覚悟を決める様に、カナリアは頷く。そう、現状維持は逃げでしかない。 「ありがとうございます、ハツネさん。貴方のお陰で、私も決心が付きました」 空気を変えてくれた礼を、カナリアは述べる。そうして。 「実は私、人間じゃないんです」 「え? ええと?」 唐突なカミングアウトに、ハツネはあからさまに困惑した様子を見せた。少々脈略の無い告白だった為、余計に戸惑わせてしまったかも知れないとカナリアは反省する。しかし自身とハツネの関係性を語るのに、自らの素性は不可欠だろう。そう、カナリアは思う。 「突然ごめんなさい。この姿は仮初のもの。ツグミの魔法なんです。私の本当の姿は、ただの鳥なんですよ」 「え、鳥……? どう見ても人間にしか……流石、賢者ツグミ……」 未だ困惑の抜け切らない様子のハツネが、呟く。カナリアは説明を続けた。 「魔力の濃い地域に長年留まっていた所為か、魔力が蓄えられて……いつからか、鳥の身で人語を解する事が出来る様になったんです。ですが、自然から見れば私は明らかに異質な存在でした。それゆえ何処にも馴染む事が出来ない私を、ツグミは救ってくれた。こうして人の形を与えて、傍に置く事で居場所をくれたんです」 それは、単なる善意では無かったかも知れない。それでも、カナリアにとっては恩義を感じるに値する出来事だった。感謝すべき出来事だった。だからこそ、彼女の意思を尊重するべきなのだと、それを言い訳にして逃げ続けてしまった。しかし、心の奥底では願い続けていたのだ。この壁を乗り越えて、彼女が前を向ける日が来る事を。彼女が再び笑える日が来る事を。 「私は、その恩をまだちゃんと返せていない」 「カナリアさん……」 「ツグミは私の恩人です。その彼女が苦しんでいるのに、ただ傍に居る事しか出来なかった。でもそれだけでは駄目なのだと、貴方が教えてくれました。ですから、私も立ち上がらねば。彼女には、昔の様に笑っていて欲しい。ずっと、それだけが私の願いですから」 自身の思いを吐露して、カナリアは覚悟を決める。それに、ハツネは同調した。 「私も、見たいです。ツグミの、笑顔」 「不思議ですね。まだ出会ってほんの少しですのに……貴方なら、彼女を変える事が出来る気がするんです」 根拠など全く無い。それでも、彼女ならば。そんな思いが湧き起こってくるのは、彼女が持つ力なのだろうか。 「ま、このまま何も変わらず平行線を辿り続けて一生を終えるってのも寂しすぎる話だよな」 溜息混じりにそう呟いたハクロウも、覚悟を決めた様に強く頷く。 「いいぜ。俺も、出来る範囲で協力するよ。何かあったら言ってくれ」 「はい!」 こうして本人の与り知らぬ所で、同盟が組まれた。その辿り着く先は――――今は神のみぞ知る。 |
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