|
第7話 No doubt 長い様で短かった練習期間はあっという間に過ぎてゆき、とうとうハツネにとっての運命の日――――試験の時がやって来た。試験を目前にして、流石のハツネも緊張しているらしい。いつもの元気印は何処へやら、落ち着かない様子で辺りをうろうろと歩き回っている。 「いよいよですね、ハツネさん」 温かな紅茶の注がれたカップを差し出しながら、カナリアは語り掛けた。震える手でそれを受け取ったハツネが強張った顔のまま、頷く。それはこの数日間で見た事の無かった、彼女の新たな一面だった。 「は、はい……」 「まぁそう緊張しなさんな、と言いたい所だが……流石に難しいか」 同じく様子を見ていたハクロウが、苦笑交じりに言う。 「あまり考えない様にしてるつもりなんですけど、やっぱりどうしても意識が向いちゃって」 落ち着かせようとしているのか、ゆっくりと紅茶を口に含みつつハツネは答えた。 考えない様にすればするほど、意識してしまうのは良くある事だ。しかも今は未来を左右する大事な局面を前にしているのだ、緊張しない方が珍しいのではないだろうか。彼女程の前向きさを持ち合わせた人間ならば気負う事無く挑みに行くのではと思っていたが、そうでもないらしい。 「なるほどな。そんなお前さんに、こいつをプレゼントだ」 ハツネの告白を聴いたハクロウが、そう言いながら片手をずいっと差し出した。手にしていたカップを置き、反射的に掌を開いたハツネは、その上に乗せられた物に目を瞬かせる。 「……ブレスレット?」 それは、小さな石で出来た腕輪だった。鮮やかな桃色の石が丸く磨かれ、規則正しく連なっている。 「ええと、これは?」 「お守りみたいなモンさ。気持ちを落ち着かせる術を組み込んである。これを付けておけ、少しは平常心でいられるだろうさ。術の出来栄えに対しては効果が無くて、悪いがな」 「いえ、そんな……ありがとうございます。何だか、ちょっと落ち着いた気がします」 「それなら何よりだ」 左腕に嵌めると、不思議とハツネから無駄な力が抜けた様な気がした。変に強張っていた身体と心が、癒されていく。その様子は、傍目に見ても明らかだった。ハクロウとて、充分に力のある魔法使いだ。普段はその事を忘れそうになるが、こういう時に実感させられる。 実際に手を貸してやる事は出来ないが、精神面を整える為のサポートくらいならする事は出来る。その上で、後は彼女自身の実力と運に任せるしかないのだ。 「だが俺らに出来るのは此処までだ、後は自分を信じろ」 「努力は嘘を吐きませんから。此処まで頑張って来たハツネさんなら、出来ますよ」 ふたりの後押しに、ハツネは大きく頷いた。 「はい! 頑張ります!!」 「分かってると思うけど、此処から其処まで対象を移動させる。それが試験内容だ」 いよいよやって来た、運命の時。淡々と説明をするツグミの表情に、感情は見えない。彼女にも思う事は色々とあるのだろうが、必死に押し殺しているのだろう。そうでもしないと、この場には居られないのかも知れない。彼女の為と嘯きながら、何と残酷な事をしているのだろうか。 「移動させるのはこのグラス」 硝子のコップを、ツグミはテーブルに置いた。その際に僅かに発した音は、小さな衝撃でも簡単に割れてしまいそうな繊細さを秘めている。ハツネに緊張が走った。 「回数は一度のみ。どんな理由があろうと、それ以外は認めない。いいね?」 「一発勝負、って事ですね。分かりました」 覚悟を決めた顔で、ハツネは頷く。少しでも彼女の背中を押したくて、カナリアは声を掛ける。 「頑張ってください、ハツネさん!」 「はい。練習の成果、ここでしっかり披露してみせます!」 気合を入れる様に応えて、ハツネは両の拳に力を込めた。 「…………っ」 それとは反対に、不安を呑み込む様な顔で唇を噛むツグミに、ハクロウが短く問いを投げる。 「心配か?」 「別に。心配は、してない。でも、あの時の光景が、消えてくれない」 声は、震えていた。強がろうとしていたが、隠しきれない恐怖が彼女の心を縛っている。 「……そうか。だが練習中、一度も危険な事は無かった。それはお前も分かっているだろう? 何かあった時は俺も手を貸す。あの時とは違う。絶対、同じ様にはならないさ。だから、心配すんな」 「――――分かってる」 絞り出した声は、自身に言い聞かせている様でもあった。 そうこうしているうちにハツネの準備は整ったらしい。 「いきます!」 気合いの入った宣言と共に、試験が始まった。 両の腕を前方に差し出し、意識を対象物に集中する。掌から力を送り込む様なイメージで指先にまで力を籠め、心の中で念じると、グラスがかたりと動いた。ふわり浮き上がっると、ゆらゆらと空中移動を始める。 練習で得たすべての知識と感覚。それを総動員にして、術は行使されていく。緊張故か、移動のスピードは練習以上にのんびりとした物ではあった。しかし、そこに危なげな様子は無い。 ゆっくりと、しかし確実に、グラスは宙を移動し、そして。 「――――出来ました!」 ことり、と小さな音を立てて、グラスがテーブルに乗った。ハツネが、歓喜の声を上げる。 「凄いです、ハツネさん! 無事、成功ですね!!」 拍手と共に、カナリアは言葉を贈った。ハツネが、満面の笑みを浮かべる。 「はい! スピードはちょっとゆっくりでしたけど、でも、何事も無く出来ました!!」 何事も無く。それが、彼女にとって重要だったのだろう。恐らく、自身の術の出来よりも。それを、感じる一言だった。本人はどうやら無意識だった様だが。 ツグミが、安堵した様な息を吐き出した。彼女自身も、緊張から漸く解放されたのだろう。 「移動についてはまぁ及第点って所じゃないか? 後はグラスの状態だが」 「……あの、ちょっとだけ良いですか?」 纏めに入ろうとしたハクロウの言葉を、不意にハツネが遮った。 「ん、どうした?」 「緊張感のある中で魔法を使ってみて、改めて思ったんです。物体浮遊と移動の魔法って確かに繊細な力を必要としますけど、そこまで危険な物じゃないですよね?」 「どういうことです?」 「仮に失敗したとしても、そこまでの大惨事にならない気がするんですけど……。負荷を掛け過ぎてグラスが割れたとしても、命が奪われる程の物かと言われると、ちょっと疑問で」 「なるほどな。破片の飛び具合によっては致命傷、って可能性も否定出来ないが……それは稀か」 確かに、ハツネの言う事にも一理あった。繊細なコントロールを必須とする術ではあるが、大事故を起こすほどの強い力を使う訳では無い。強大な力の使い方を間違えれば、反動が起きた際に事故に繋がる可能性もある。だが、今回の術はそれ程の強い力を使わずとも行使出来るのだ。 そう思えば、疑問は残る。何故、あの事故が起きたのか。 「もしかしてツグミは、事故の本当の理由を知っているのでは?」 「――――ッ!」 ツグミの表情が強張る。それに気付いているのか否か、ハツネは続けた。 「全て私の推測に過ぎませんけど、それでも……事故以外に何か、あるんじゃないですか?」 「それは……」 口籠るツグミの表情には、動揺の色が浮かんでいた。 |
BACK < TOP > NEXT |