第3話 隠された思い


 半ば強引な形で約束が交わされてから数日。
 あれからぱったりと、叶架が姿を見せなくなった。試験の日程が発表されて以降毎日来ていた事を思うと、この静寂が何処か寂しさを呼び起こして来る。その事実に、鈴紅は複雑な感情を抱いていた。
 姿を見付けては勝負だ挑戦だと喚き立てられていた当時はうんざりしたものだが、それがいつの間にやら日常化してしまっていたらしい。慣れとは恐ろしい物である。
 よくよく考えれば、彼女とは学科が違うのだ。鈴紅は一般的な普通魔術科で、叶架は一歩上の技術を学ぶ特殊魔術科。教室のある棟がそもそも違う為、関わる事はそう多い事では無い。それをわざわざ此処まで足を運んで挑戦状を叩き付ける叶架の考えが、鈴紅には分からなかった。
 特殊魔術科はより強い魔術を扱う事が出来る者や、将来有望な実力を持つ者達が在籍している。普通魔術科とは、技術レベルに多少なりとも差があるのだ。そんな中に含まれる筈の叶架が、普通科止まりの人間を気にする必要が無いと、鈴紅は思う。その思考が、どうしても全く理解出来ない。
「姿を見せないから、何かあったんじゃないかって思ってる?」
 不意に、鈴紅の顔を覗き込んだ美鈴が、問い掛けた。突然出て来ては躊躇いも無く話し掛けて来るのは、出逢った頃から全く変わっていない。突然現れて、突然話し掛けて来て、突然「友達になろう」なんて言われて。戸惑うままに頷いて、そうして一緒に過ごしていたら、いつの間にか半年が過ぎていた。
 それから多少は改善されて来ているとは言え、未だ鈴紅はコミュニケーション能力が乏しい。平静を必死に装っているが、美鈴のそんな唐突な行動には、いつも寿命が縮まる思いをしているのだ。流石に本人には言えず、やり過ごすのが精一杯なのが現状だが。
「……いや。そんな事は」
「だよね。きっと鈴紅に勝つ為に夢中で頑張ってるんだって、そう確信してるんでしょう?」
「あの様子から見て、それが妥当な判断だろう」
 鈴紅はそれだけ答えて、窓の外に視線を遣った。美鈴が小さく笑う。
「心配してるんだ? 無理して無いか、って。 姿が見えないと余計に不安になるよね。人間の不思議」
 心を読んだ様な的確な言葉に、思わず鈴紅は視線を動かす。やっぱり、と言いたそうな美鈴の顔が視界に映った。本当に心を読まれているのかと疑いたくなる言葉を、彼女は時々発する。それは気持ちが顔に現れ出ているからなのだろうか、それとも。鈴紅にはその判断が出来ない。
「どうして、って顔してるねぇもう。鈴紅の様子見てればすぐ分かるよ。あたしと鈴紅の付き合いだもん……って、まだそんなに長い付き合いでも無いか」
 美鈴は苦笑する。その感情に寂しさを見付けた気がして、鈴紅は戸惑いを覚えた。何か言葉を、と思ったが、相応しい言葉が浮かんで来ない。昔からひとりで居る事が多かった所為だろうか、どうにも他人を気遣う能力が欠けているのだと、自覚せざるを得なかった。
「美鈴……」
 ただ、名前を呼ぶのが精一杯。けれどそんな鈴紅の意図さえ、彼女にはお見通しの様だった。
「やだもう、そんな顔しないでよ。誰だって最初は初めましてなんだから。これからゆっくり、ふたりの時間を重ねていけばいいの。そうでしょ?」
「…………あ、あぁ。そうだな」
「だから今を精一杯楽しく過ごそう? で、とにかく今は試験が一番! さ、がんばろー!!」
 結局いつもの様に勢いで話の方向を持っていかれ、鈴紅はただそれに頷くばかりだった。

*

 定期試験は筆記と実技の二種類から構成されており、普通魔術科と特殊魔術科の試験内容には多少の違いがあった。しかし採点された結果は、科の区別なく平等に公表される。教えられた事をどれだけ理解したかを数字で表すという観点は同じ、という解釈で。ただ、知識だけでも技術だけでも及第点は取れない。どちらも一定水準を超える事が求められる。それはどちらにも言える事だった。
 過去の戦歴を見る限りでは、筆記試験での成績は叶架の方が上である。大差とは言えなかったが、それでも上位である事には違いない。けれど実技試験は、到底追い付かない。一歩上の技術を学んでいる筈の叶架を、軽々と飛び越えるのだ。そうして二種を総合すれば、筆記の不足面を実技で補う形で鈴紅が上位に踊り出る。それが、今までの流れであった。
 その事実が、悔しかった。だから今回、叶架は実技に力を入れる事にした。
 別に自分が天才だなんて自惚れている訳では無いが、影で必死に努力しているのだと思われたくは無かった。代々特殊魔術科に在籍し、巣立っていった一族の一員として。努力の跡など見せずに平然といる事で、実力がある事を証明したい。そんな強がりもあって、実技用の自習室には一切顔を出さなかった。――――我ながら安っぽいプライドだと、叶架は思うが。
 そうして練習場に選んだのは、学園内に存在する森の中。あまり人が近寄らない事もあって、練習するには丁度良い場所だ。毎日の様にやって来ては時間の許す限り練習に励んでいるものの、思う様な成果がなかなか得られない。その事に、叶架は焦りを覚え始めていた。
 その焦りが失敗に繋がる事も理解していたけれど、焦らずにはいられない。後が無い。そう思えば尚のこと。それを打ち消す様に、叶架は意識を切り替えようと努める。
「絶対……絶対に勝ってみせますわ」
 強い意志の篭った声だけが、暗くなり始めた森の中に木霊した。


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