第4話 試験当日


 突然の宣戦布告から時は巡り、遂に定められた日がやって来た。
 定期試験当日。此処まで一切姿を見せる事が無かった叶架は、鈴紅の目の前に立っていた。あの約束を交わした時と同じく胸を張って、長い指先を目先に突き付ける様にして。その堂々とした佇まいは相変わらずであるが、数日振りに顔を合わせた彼女は、幾分か痩せた様にも見える。
「お久し振りね、橘鈴紅。いよいよ今日が勝負の日ですわよ」
「あぁ」
「わたくしの実力、思い知らせてやりますわ。覚悟は宜しくて?」
「……あぁ」
「手を抜いたりなどしたら、承知致しませんわよ? わたくしは正々堂々、実力で貴方に挑みますわ。ですから貴方も、全力で立ち向かっていらっしゃいな。そうして絶対に勝って、言う事を聞いて頂きますわ!」
「…………あぁ」
 どう返すべきなのか分からず、鈴紅はただ頷くばかり。その様子に、叶架の片眉がぴくりと動いた。
「貴方、さっきから同じ事ばかり仰って! それ以外に言う事はありませんの!?」
「……いや、そう言われても……困るんだが」
「ハイハイ、鈴紅にそれ以上言っても無駄だよ。鈴紅の性格、沢さんも分かるでしょ?」
 苦笑しながら、美鈴が間に割って入る。その言葉は鈴紅本人にしてみれば些か不本意ではあったが、間違ってはいないので否定出来ない。その仲裁に納得したのか否か、叶架はそれ以上の言葉を呑み込んだ様だった。代わりに、念を押す。
「互いに全力で臨むこと。いいですわね?」
 そう言う叶架は、真剣だ。それは痛い程に伝わって来る。何故自分に此処までの思いをぶつけてくるのか、それを鈴紅が理解する事は出来ないが。 それでも、その真っ直ぐな姿勢を踏み躙る訳にはいかない。彼女に応える為には、自身も真剣に臨まねば。
「分かった。約束しよう」
「その言葉が聞ければ充分ですわ。それでは、結果を楽しみにしています」
 満足そうに言って、叶架は踵を返した。去っていく後ろ姿を、美鈴が気楽な調子で手を振りながら見送っている。それを横で眺めながら、鈴紅は心中に浮かぶ不思議な気持ちの正体を追い求めていた。


 そうして始まった試験に、鈴紅は全力で挑んだ。叶架が望んだ様に。
 筆記においても実技においても、普段と何ら変わりの無い出来であった様に思う。手を抜く様な真似は勿論していないから、結果は叶架の奮闘次第という所だろう。
 そもそも鈴紅の成績と言えば、格段に上位では無いのだ。平凡な位置よりはやや上位、という程度の無難とも言える成績である。首位を走っているのならともかく、こんな中途半端な成績をうろうろしている鈴紅に挑戦状を叩き付ける叶架の意図が、読めない。無論彼女なりの想いがあっての事なのだろうが、鈴紅がそれを理解するまでには至らなかった。
「どうだった? 手応えは」
 試験終了後。真っ先に向けられた美鈴の問いに、鈴紅は小さく頷いた。
「いつもと変わらない。過去と同じ様に、出来る限りの事はしたつもりだ」
「そっか。沢さんがどれだけ頑張ったのかは分からないけど……でも大丈夫、鈴紅なら絶対勝てるに決まってる。あたしが保証するんだから、間違い無いよ!」
「美鈴……」
 一体何処からその自信が来るのだろう。
 そんな疑問を持ちつつも、鈴紅は小さく微笑んだ。
 今はただ――――結果を待つのみ。


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