第8話 そして未来へと


「貴方が上級アカデミーに進学する心積もりというのは、本当ですの?」
 何処から噂を聞きつけて来たのか、例によって突然姿を現した叶架はそう問い詰めて来た。返答次第では掴みかからんとするばかりの気迫を持って、彼女は鈴紅を見据えている。
 その彼女を真っ直ぐに見つめ返して、鈴紅は静かに頷いた。幾ら突発的に発してしまった言葉であったとは言え、その気持ちが無かったと言えば嘘になる。発言した以上は、自分の言葉に責任を持って行動を移すのみだ。例え、叶架が反発したとしても。
 しかし彼女は是の返答を知るや、待ってましたとばかりに高らかな笑い声を響かせた。
「そうでしょう! そうでしょうとも!! それでこそわたくしの好敵手というものですわ!!」
 咄嗟の思い付きで今更進学を決めるなんて、何処まで貴方はわたくしを侮辱すれば気が済むんですの―――――などと罵倒されるのかと思っていただけに、鈴紅も美鈴も思わずぽかんと口を開けてしまった。そのふたりの様子に、逆に叶架が戸惑いを見せる。
「な、なんですの貴方がた、人を見てそんな間の抜けた顔をするなんて……!」
「あ、いや、てっきり怒るんだとばかり思ってたから、ビックリして」
「怒る? 何故ですの? 直接競って勝つチャンスが増えたのです、怒る必要などありませんわ」
 胸を張って言い切った叶架が、いつもの様に指先を鈴紅に向けて突き付ける。
「そういう訳ですから、今まで以上にわたくしは上を目指しますわ。ですから今度こそ、確実に貴方を超えてみせます。覚悟なさい、橘鈴紅!」
 それは紛れも無い宣戦布告でこそあったが、彼女なりの歓迎の意志表示でもあるのだろう。鈴紅自身も心を真っ直ぐに表現する事は苦手だが、叶架はまた別の意味で素直な表現が得意では無い様だ。
「あぁ、私も負けるつもりは無い」
 鈴紅は小さく頷いて、手を差し出した。握手を求めたその行為に、叶架が突き付けたままの指先を僅かに震わせた。不可思議な声を短く発したかと思うと、掌を開いて手を握り返して来る。その力の強さに、鈴紅は内心で苦笑した。客観的な立ち位置でそれを眺めている美鈴が、楽しそうに言う。
「照れてる照れてる」
「て、照れてなどいませんわ!」
 叶架の性格を見抜いているらしい美鈴は、彼女を揶揄する事に楽しみを見出しつつある様だった。そう改めて認識してみれば、美鈴もなかなか図太い性格をしていると言わざるを得ない。
「と、とにかく! 新しい学園生活を楽しみにしてますわ!! 御機嫌よう!!」
 慌てて手を離した叶架は捨て台詞の如くそう言い放つと、逃げる様に教室を飛び出して行った。
「相変わらず、騒がしい人だねえ。沢さんは」
 それは半分以上が美鈴の所為だろう。そう思ったが、言葉には出さないでおいた。
「でも、ああ言ってたけど沢さんも素直に喜んでるんじゃないかな。あたしは、そう思うんだ」
 同感だという様に頷けば、美鈴は笑う。
「でもこれで暫くは、また一緒だね。沢さんも含めて、ね。まぁ進学決めても実際は申請出したり試験もあるから確実って訳じゃないけど、鈴紅なら問題無いだろうし、決定したも同然って事で」
 美鈴の中で、どれだけ自分は万能だと思われているのだろう。そう思って、鈴紅は苦笑した。
「さ、もう帰ろう。鈴紅」
 柔らかく降り注ぐ、友の声。
 学園に入った時には聞く事など無いと思っていたその声に頷いて、鈴紅は席を立った。


 ひとつの終着点を迎えた、彼女達の歩む道。
 しかしそれは、また違う道の始まり。
 未来は、少しの変化を導きながら続いていく。
 新しい、明日へと。


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