第9話 響く言葉たち


 ばたばたと足音を立てて、その訪問者はやって来た。
 通常ならば周囲に煩い、と注意を受ける筈のその音を咎める者はおらず、心なしか静寂気味の団内に異様な反響を残している。バラつきのある足音からは、焦りと動揺が手に取る様に伝わってきた。メアリが届く音に耳を澄ませていると、豪快な音を立てて扉が開く。
「パリスさん、何処行ってたんですか!」
 扉が開き切る寸前、来訪者の姿を認めたハクロが追及にも似た響きで叫んだ。しかしそれには答えず、パリスは動揺の拭えない蒼白な顔で低く呟きを落とす。
「親父が死んだってのは、本当か?」
「ええ、本当よ」
 何の迷いも無く、メアリは断言する。何度この問いに答えて来ただろう。幾度となく繰り返して来た所為で、肯定する事に戸惑いなど感じなくなっていた。真実を正しく告げる方が先決だ、と。
 即答に、パリスの動揺の色が濃くなる。いつも無駄なくらいに陽気な彼であったが、流石に今回ばかりは彼からも笑顔を奪うに値する重大事件なのだろう。
「なんだよ……どういう事だよ、意味が分からねえ」
「取り敢えず、座りなさいな」
 自身の横の空席をぽんぽんと叩きながら、メアリは促した。パリスは小さく頷いて、ソファに腰掛ける。いつもこう静かだと助かるのに、などと少々不謹慎な事を考えつつも、メアリは問い掛けた。
「それで、今まで何処に居たの? ずっと探してたのに、居ないんだもの」
「あ……その、魔石の監視に付いて行ってて」
「またなの?」
 呆れた、とメアリは盛大に溜息を吐く。
 彼の仕事は主に団内の雑用処理や警備なのだが、細かい事を厭う性質が本来の業務から彼を遠ざけてしまう節があった。魔石に関する興味も高い所為か、気付けば団を抜け出してこっそり監視業務に参加している事もある。平たく言えば団内の異端児の様な存在である。その気さくな性格は団内を盛り上げるムードメーカーとしての役割も担っていたから、決して悪い事ばかりでは無いのだが。
「あんたがそんなだから、溜まっていく仕事の皺寄せが全部レノに行くのよ」
「いいじゃん。あいつだって文句は言わねえし、結構好きでやってるし。ほら、アレだよ、適材適所」
「……そういう問題じゃ無いのよ」
 これ以上の議論は無駄と言わんばかりの会話の遣り取りに、メアリは閉口した。けれどそんな事をしている場合じゃないのだと、思い至る。今は、緊急事態なのだ。
「話を戻すわよ。この状況下において、やるべき事は山積みなの。今回の事故の一刻も早い原因究明は勿論、倒壊した建物の修復、葬式の手配。……リィアの事もあるわ」
 ひとりの少女の名が響いた時、僅かな緊張が場を支配した。彼らにとって一番のハードルが其処にある事を、思い知らせる様に。メアリはその空気を払拭すべく、はっきりと言葉を紡いだ。
「皆にはそれぞれ手分けして担当作業に取り組んで欲しいの。団長不在となった現在、私が代理で指揮を執るわ。大半の団員には既に個別業務に入って貰っているのだけれど」
 言いながら、手元にあった資料をぱらぱらと捲る。
「取り敢えずパリス、貴方は現場の片付けをお願い。既にレノには向かって貰っているわ。詳しくは彼の指示に従って頂戴。さて、何か質問があれば答えるけど?」
「あ……いいや。あとはレノの奴に訊くから」
「そう。なら、急いでお願い」
「あ、あぁ。分かった」
 メアリの言葉に頷くと、パリスは急ぐ様にして部屋を飛び出していった。大きな足音が遠退き、室内に静寂が戻る。その静けさを打ち払うかの様に、メアリが口を開いた。
「取り敢えず、他の皆への伝達は済んだわね。あとは、あんた達よ」
 その言葉に、ふたり――――紅瑛とハクロが身を強張らせた。命じられるまでもなく、自らの役目など心得ている。しかし上手くいく自信があるかと問われれば、答えは否だ。
「本当に、僕達に任せちゃって良いんですか?」
 不安を隠しきれない面持ちで、ハクロが問う。メアリは小さく息を吐いて、問いを返した。
「他に適任者が居るとでも?」
「例えば……メアリさんの方が相応しい様な気がするんですけど」
「まぁ、ある意味ではそうかも知れないわね」
「じゃあ!」
「でもね、それじゃあ意味がないのよ」
 想定外の言葉だったのだろう。ハクロは何度も目を瞬かせて、首を傾げた。
「それって、どういう事ですか?」
「確かに、あたしは説得には適任かも知れない。尤もらしい言葉を並べたてて、あの娘を納得させる事が出来るかも知れない。だけど、それは表面だけの事だわ。根本的な解決にはならない。逆にあの娘の気を遣わせるだけでしょうね。あたしなんかより彼女の傍で過ごしてきたあんた達の言葉の方が、彼女の心に訴えかける強さを持っている筈なの。例え拙い言葉だとしてもね」
 メアリの言葉を、ふたりは黙って聴いていた。
「ま、本当の意味での適任者はあんた達だって事よ。自分達でも、本当は分かってるんでしょう?」
「そんな、自信を持って言える様な事じゃあ無いけどな」
「確実だなんて、言えませんしね」
 ぽつりと漏らした紅瑛の言葉に、ハクロも頷く。メアリの確信に、間違いが無い事を証明する様に。
「まあ、駄目だった時はまた対策を考えれば良いじゃない。人の心に確実性なんて無いんだから、誰も責めたりしないわよ。取り敢えず、期待してるわ」
 プレッシャーとさえ受け取れる様な言葉で後押しして、メアリは微笑んでみせた。僅かにふたりが眉を顰めたが、それ以上反論する事も無く部屋を後にする。
「……まったく、世話の焼けること」
 ふたつの背中を見送りながら呟いた言葉は閉じた扉に遮られて、彼らには届かなかった。


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