第11話 比類なき思慕


 沈黙の下りた部屋で、リィアは膝を抱えていた。
 辺りには誰も居ない。この部屋の本来の主であるメアリも、リィアを気遣ってか姿が見えない。部屋の外では今も、団員達が慌ただしく動いているのだろう。しかし、その喧騒はリィアの耳に届かない。それが建築的な要因にあるのか心的要因にあるのか――――それを知る術は無かった。
 父から離れて、まだ丸一日も経っていない。それなのに、妙な懐かしさが胸の内を支配する。手を伸ばせば、触れられそうな気さえする。全ては錯覚だと、分かっている筈なのに。それを思い知らせるかの様に、差し出した掌は何に触れる事も無く虚空を掻いた。
 あの時差し出した手は、呼び止めた声は、この危機を察知したのだと、今更の様に強く感じる。しかし、こうなると分かっていれば、などという言葉は全て無意味な物に過ぎない。何を喚こうが、時は戻る事など無いのだから。それは、頭の隅で幾度となく繰り返して来た思いだ。
 自分だけが、悲しい訳じゃない。辛い訳じゃない。
 この団内の人間は皆、家族の様な存在だ。誰もが彼の周りに集まり、彼を慕っていた。団長としてだけでなく、父としてもまた。リィアにとっては血の繋がった肉親だが、他の皆にとっては精神的な支えになる家族である事に違い無かった。その支えを失った意味は、彼らにとっても大きい筈だ。
 悲しみに、大きさなど無い。優劣など、無い。悲しみは、平等に訪れる物だ。
 皆、その辛さを押し込んで働いている。それを隠して、自分を励まそうとしてくれる。先刻ふたりから預けられた言葉の数々は、リィアの胸に深く突き刺さっていた。
 自分だけが何もせず、ただ悲しんでばかりいる訳にはいかないのだ。誰よりも深い存在を失ったからこそ、現実を見据えて前に進まなければならないのだろう。
 後悔する事は決して悪い事では無い。それを、先に生かす事が出来るのであれば。
 静寂の中で、リィアは目蓋を下ろした。目を閉じれば、父の声が聞こえる様な気がしたから。

「これから辛い事が沢山あるだろう。今までの自分とは違う不安に駆られる事もあるだろう。だけど忘れるな、何があっても父さんはリィアの味方だ。だから自分を見失うな。いつだって、父さんはお前を見守っている。リィアは父さんの大切な娘だ。それだけは、ちゃんと憶えていてくれ」

 あの時、父はそう言った。
 今思えば、遺言にも似ている様な気がする。自分が傍に居られなくなる事を悟った上で、その言葉を――――心を、伝えたかったのでは無いのだろうかと。
 全ては推測に過ぎないが、それでも言葉の持つ温かさは充分に理解出来た。父の心が、其処には詰まっていたから。自分を全力で愛してくれていた、父の思いが。
 悲しみを引き摺る事を、父はきっと望んでいない。前へ進む事を、願っている筈だ。父ならばそんな結論を出すだろう事が、此処へ来て漸く分かって来た。
 誰よりも大切で、誰よりも愛しい人だった。願わくば、ずっと一緒に居たかった。けれど今、その願いは叶わない。だから、代わりに父の願いを叶えよう。
 自分にもきっと、やらなければならない事がある。それに努める事が、父の願いであるだろうから。
 目を開けて、軽く息を整える。瞳に映る世界が、少しだけ変わった様な気がした。
(父さん……私を、見守っていてね。私……頑張るから)
 静かに固めたその決意が父にも届いている事を、リィアはそっと祈った。


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