第12話 皆の願い


 荘厳な鐘の音が、街中に鳴り響いていた。空からは透明な雫が降り注ぎ、大地を濡らしている。天すらも尊い命が失われた事を嘆いているのだろう――――そう、誰かが言っていた。もしもそれが本当ならば父も安らかな気持ちで旅立てるだろうかと、リィアは思う。
 バート・ヴァレンフィールドの死の報せは瞬く間に町にも広まり、町中では故人を悼んで黒衣に身を包む者の姿が多く見受けられた。そんな人々の姿を見る度に、父の人望の篤さを思い知る。父の偉大さを知れば知る程、リィアは胸が締め付けられる思いがした。
 本当に貴重な人を失ってしまったのだ、と。
 広がる悲しみは、未だ止まる事を知らない。それでも自身の中にある想いの形が確かに変化している事に、リィアは気付いていた。不思議な温かさが今、胸の内にある。父の心は、確かに生きている。リィアの心の中で。だからこそ、別れの儀を立派に執り行う事が精一杯の孝行だろう。
 葬儀は、町の中に在る教会で執り行われていた。神父の紡ぐ祈りが、静謐な空間を神聖な物へと変えていく。時に優しく、時に儚く、安らぎを願うその声に自らの想いを重ねる様にして、リィアは祈りを捧げた。父が何の悔いも無く、穏やかな眠りに就ける様にと。
 そうして全てが滞りなく済んだ時、リィアの心には不思議な落ち着きと僅かな余裕が生まれていた。物事が一段落付いて、自然と意識の整理も済んだのだろう。正直な所まだ空虚感は拭えないが、それでも団の皆が空いた隙間を埋めてくれた。本当の家族の様に、それ以上に。
(父さん……私は大丈夫だよ。だから、心配しないで)
 天に居るであろう父に向かって、リィアはそっと呼びかけた。気持ちが届く事を、信じて。

*

 突然の事故から数日。団長を失うという異例の事態に襲われた中、何とか立ち直りかけた魔石保護監視団の次なる目標は、新たな統率者を選抜する事だった。しかし奇しくもと言うべきか、当然と言うべきか、団員の全てが次期団長になるべき人材はリィアであると認識していた。
 団長のひとり娘でもあるリィアが次期団長になるのは、ある種当然の事だとも言える。それは皆等しく考えていた事であり、それ以外の論が出る事すら無かった。彼が健在の時ですら、いつかバートの後を継ぐのは彼女であると、誰もが信じて疑っていなかったのだ。
 しかし、当のリィアにしてみれば、この状況で自らが団長に就任する事が本当に最良なのか、そればかりが気に掛かっていた。皆の気持ちは嬉しい。支持されている事は確かに嬉しいが、年若いリィアには父が築いた団を受け継ぐなど、まだ荷が重い。
「大丈夫よ。あたし達が横でしっかりサポートするし、誰も全て貴方に任せようだなんて押し付けがましい事は考えて無いわ。貴方が上に立って、良い意味で新しく変えていけばいいのよ」
 メアリはそう言ったが、周囲が思う程自分は万能でも無いし統率力も無い――――そう、リィアは思う。どちらにせよ自分が団長に就任しなければならないのだと、そしてそうしなければ事態は収束しないのだと、頭の隅では理解していた。けれど、まだ其処まで心が付いていかないのだ。
 リィアは、視線を彷徨わせる。そうして無意識に辿り着いた先は、紅瑛とハクロの姿だった。常に傍に居て、見守ってくれていたふたり。彼らは、この状況に何と言うだろうか。それを確かめてみたくて、リィアは尋ねようとした。しかし唇が音を発する前に、呆れた様な一言がリィアの言葉を呑み込む。
「誰に訊いても答えは一緒だと思うぞ?」
「そ……っ、そんなの訊いてみないと分からないじゃない!」
 ムキになって、リィアは言い返す。だが、紅瑛の言が真実である事も理解していた。団内の全員の気持ちは、恐らく共通の物だ。しかし片っ端から訊いて回りたい衝動に駆られる。分かっていても、問いたいのだ。恐らくは、等しく同一の言葉を聴く事で、安心したいのだろう。迷わぬ様に。
「でも、本当に皆さん同じ考えですよ。誰に聞いても同じ答えですもん。ここまで多くの人の意見が一致する事なんて、そうそうある事じゃないと思うんです」
 ハクロが宥めに掛かる。リィアの期待する言葉で。
「誰かが団を引っ張ってくれるなら、それに越した事はありません。でも皆がリィアさんに求めているのは、団長の代わりに指揮を執る事じゃないと思います。リィアさんはただ、其処に居てくれるだけで良いんです。それだけで皆の士気が上がる、そんな存在ですから」
 そうして呟かれた言葉は、とても優しく響いた。
「だから、団長という肩書きを無理して引き受ける事は無いと、僕は思います」
 それは、自身でも意識していなかったリィアの本心を呼び覚ます一言だった。
 皆が望むままに推されて、それを請ける事は当然だと思っていた。それが例え重圧にあろうとも、それが自分の役割であると何処かで考えていた。しかしそれは、リィアの本心では無かった。無意識に造り上げた、見せ掛けの意思だった。それに今、初めて気付いたのだ。
「だな。肩書きに押し潰されて身動きが取れなくなるより、何もしなくても笑顔を振り撒いている方がお前らしい。それに、そうじゃないと俺達の方が調子が狂うからな」
「紅瑛……ハクロ……」
 伊達に隣を歩いて来た訳では無い、という事なのだろう。自身よりも自分を理解してくれる存在が居る事は、こんなにも温かいのか。リィアは肩の荷が下りる思いがした。
「…………。私は――――」
 皆の願いを、皆の気持ちを無駄にしてはいけない。リィアが思いを口にしようとしたその時。
「た……っ、大変です……!」
 突然の知らせが、舞い込んで来た。


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