第13話 炎に包まれた町


「一体何があったと言うの!?」
 メアリの鋭い声が、慌しさを残す空間に響き渡った。飛んで来た団員は焦った様子で口を開く。
「町が……っ、町が、燃えています!」
「――――何ですって!?」
 叫んだメアリが、思わずといった体で立ち上がった。突如もたらされた報せに、リィアも状況が読み取れずに困惑する。町が燃えている、という事は、大規模な火災が起こったという事だろうか。
「火災の原因は不明との事ですが、その、少々不可思議な目撃証言が上がっている様でして」
「不可思議な目撃証言?」
「はい。女性が炎を避ける事無く通り抜けて行くのを見た、という証言が多数寄せられております」
「そんな事が出来るのは……」
「有力者、しか有り得ません」
 メアリの呟きを引き取る様に、ハクロが断言する。
 通常の人間が炎を通ろう物ならば、身を焼かれるのは道理。だがそれを易々と行っているのであれば、恐らくその女性は魔石によって何らかの力を手に入れた者だろう。魔石による力は、不可能さえも可能に転換させてしまう――――その事実を、改めて認識させられる。
「炎すら彼女の力による物かも知れませんし、その他に火災の原因はあるのかも知れませんけど、どちらにせよ、彼女が有力者であると考えて間違い無いと僕は思います」
「何にしても、今は現場へ急行する事が優先って事ね」
 全ての情報をその一言に集約させて、リィアは意志の籠った瞳を真っ直ぐに向けた。団長の肩書きだとか、後継者の立場だとか、そんな物はどうでも良い。今自分がすべきなのは、出来る限りの事に全力で取り組むだけなのだから。
 驚く様な顔でリィアを見たメアリが、その意志を悟って優しく微笑んだ。
「ええ、そう。…………後の事はリィア、貴方に任せても大丈夫かしら?」
 リィアは頷いた。メアリが納得した様に頷き返したのを確認すると、一度目を閉じて軽く息を吐き出す。そうして再び目を開くと、静かに口を開いた。
「只今より消火活動への援助と、女性の捜索及び保護を開始。女性は重要参考人の恐れがある為、発見次第早急に保護。但し、人命に関わる事柄を優先的に行う様に通達を」
「了解致しました」
 短い返事を残し、団員が急ぎ去って行った。
 取り残された部屋の中、呆然とした様に立ち尽くす三人の姿に、リィアは戸惑う。
「あ、あの、皆どうしたの? 私、変な事言った?」
「寧ろ、その逆かしら。恐れ入ったわ、貴方は確かにあの人の娘よ」
 溜息と共に吐き出された言葉の意味を捉えられず、リィアはますます首を傾げる。しかし、求める答えを与えられないままに背中を押された。
「ほら、いってらっしゃい。ぐずぐずしている暇は無いわよ。そうでしょう?」
 メアリの言う通り、今は街へ急ぐ事が先決だ。リィアは頷く。
「うん。……あ、レノに町へ来てくれるよう頼んでおいて!」
「了解。ついでに相棒も付けておくわ。力仕事には役立つでしょうから」
「ありがと、メアリ」
「さ、あんた達も負けてないで皆の役に立って来なさい!」
 メアリは、紅瑛とハクロの背を勢いに任せて叩く。活を入れる様に。
「いい? 今度こそ、ちゃんとリィアを護ってやるのよ」
「そんなの、言われなくたって」
「分かってますよぅ」
「それなら、行動で証明してみせなさい」
 キッパリと断言して、メアリはリィアに向き直る。
「何が起こるか分からないわ。くれぐれも、気を付けて」
「ありがと、メアリ。行って来ます!」
 駆け出すその後ろ姿を、メアリが優しく見送っていた。

*

 リバドールの町を包む紅色が、周囲を等しく同じ色に染め上げている。既に団からの先遣隊が到着し、消火活動と避難誘導、そして人命救助を行っていた。燃え盛る炎が生んだ熱を全身に浴びながら、リィアは状況の把握をすべく先遣隊の拠点へ急ぐ。
 拠点は、消火が完了し被害の少ない一帯に構えていた。其処では主に救護を担当する女性団員達が、忙しなく移動を繰り返している。その中に、見知った顔を見付けた。それは向こうも同じ様で、リィアの姿を認めるなり、駆け寄って来る。豊かな金色の髪の女性――――ビアンカだ。
「……リィア! もう大丈夫なの!?」
 言いながら、ビアンカはリィアを強く抱き締める。その力強さに苦笑しながらも、リィアは頷いてみせた。彼女の愛情表現は、いつも全力投球なのだ。
「うん、もう平気。心配掛けて、ごめんなさい」
「そう、良かった。でも、無理はするんじゃないわよ?」
 腕の力を解いて、ビアンカはリィアに向き合う。
「うん、気を付ける。ありがとう、ビアンカ。それで、状況はどうなってるの?」
「え、えーっと……」
「状況くらい把握していないでどうしますの」
 急激に勢いを無くしたビアンカの背後で、呆れる様な声が上がった。リィアが視線を向けると、資料を手にしていたシルヴィアがふわり微笑む。
「元気になられた様で何よりですわ」
「うん、お陰様で。いっぱい迷惑かけちゃって、ごめんなさい」
「辛くなった時は、弱音を吐いて良いんですのよ。わたくしで良ければ、いつでも話を聞きますわ」
「ありがとう、シルヴィー」
 シルヴィアは優しく笑んで、手元の資料に視線を落とした。
「現時点で、消火が完了した地域は半分にも至っておりませんわ。燃えている範囲がこれ以上広がらない様にわたくしの力で防護しておりますけれど、それもいつまで持つか……」
「この炎、ただの火じゃ無い様な気がするのよね。普通の火事にしちゃ火力が強すぎるって言うか」
「それって、有力者の力だってコト?」
 言って、リィアはまだ燃えている地域に目を向けた。見た限りでは、通常の炎と大差無い様に見える。だが、その本質に何か異質な物があるのだろうか。
「その可能性も考えられますわね」
「つまり、発火能力って訳ね。ハクロ、あんた何か分かんないの?」
「分かってたらとっくの昔に言ってます!」
 半ば自棄に近い反論をして、ハクロはひたすら考え込む。
「この火事の原因が発火能力に因る物だとしても、過去のデータに照らし合わせる限りでは、発生した炎は通常の燃焼力と大して変わらない筈なんですけど……何にしても、もっと近くで確認しない事には結論は出せないと思います」
「もっと奥まで行ってみるしか無い、って事? もう少しすればレノが到着すると思うんだけど……」
「ちょっと、アレ!」
 不意に、ビアンカが叫んだ。反射的に、全員が彼女の指し示す方向に視線を向ける。
 ――――炎に包まれる様にして佇む女の姿が、其処に在った。


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