第17話 与えられし重責


 有力者と思われる女性の保護から一夜明け、リィアは彼女の調書資料を手にしていた。
 保護の直後から彼女に対する調査が行われたが、しかし彼女から引き出す事が出来たのは名前だけだった。それ以外の事は何も分かっておらず、未だ謎のまま。彼女の――――マリナの発する言葉は、どれも要領を得ない物ばかりだったのだ。
 健康状態を確認したメアリの見立てによれば、マリナは身体こそ至って健常であるものの精神を病んでいる可能性が限りなく高いという。彼女と直接会話を交わしたレノから受けた説明から考えても、その見解はほぼ正しいと見て間違いは無いだろう。それは、彼女から情報を引き出す事が困難である事を意味していた。難航する事が目に見えている結果に、リィアは溜息を吐く。
 トップを失って日が浅い今の団の状態は、お世辞にも統率力に掛けているとは言い難かった。そんな中で起きた事件は、重荷となってリィアの肩に圧し掛かる。資料を持つ手に、知らず力が籠った。
 ――――こんな時、父が居れば。
 そう、何度も考えた。けれど、彼はもう居ない。自分がしっかりしなければ。それは、分かっている。しかしこれは、あまりにも高すぎる壁だ。
「あんまり考え過ぎんなよ」
 不意に降って来た声に、リィアはハッとした。ぽん、と頭に置かれた掌から、温かな熱を感じる。振り向けば、其処には紅瑛が立っていた。その背後には、ハクロの姿もある。ふたりとも、昨晩から魔石の監視業務に向かっていた筈だ。その帰りなのだろうか。
「ふたりとも、どうして此処に」
「今帰って来たんですけど、リィアさんが此処に居るって聞いたのでちょっと寄ってみようかなって」
「どうせまた、余計な事まで色々考えてるだろうと思ってな」
「そ、そんな事……ッ!」
 思わず声を上げたリィアだったが、確かにそれは間違っていない。反論は途切れた。見透かされている悔しさに頬を膨らませて、リィアは俯く。紅瑛は呆れた様に溜息を吐いた。
「悩むなとは言わないが、もう少し気楽に考えたらどうだ?」
「そりゃあ私だって考え込まない様にしようとは思ってるけど……」
「リィアさんは繊細なんですよ、紅瑛さんと違って」
「悪かったな、粗雑で! ……とにかく、俺が言いたいのは少しは周りを頼れ、って事だよ」
「うん、そうだね。ありがとう」
 ふたりとも、昨晩からの業務で不眠不休の状態の筈だ。それでも、休息より先に自分の様子を見に来てくれてた。そして、励まそうとしてくれている。その事実が、何よりも有り難かった。
 誰かがこうして、自分を支えていてくれる。信頼出来る、仲間達が。だから、寄り掛かっても良いのだ。背中を預けて、良いのだ。彼らを、信じて。自信はまだ持てない。それでも、やらなければならないのだ。皆の為に、父の為に、そして――――こうして傍に居てくれる彼らの為にも。
 皆の力を借りて、そして皆の力になって、精一杯の努力をする。そうする事が、今のリィアに出来る唯一の事だろう。父が築き上げた物を崩す事が無い様に、この数日で皆から貰った言葉を胸に刻んで、決して忘れない様に。それを心に縫い止めて、リィアは前を向いた。
 もう振り向かない。忘れるのでは無く、覚えてゆく為に進むのだ。
「私、決めた。団長として、何が何でも頑張ってみせる」
 決意の籠ったその言葉に、ふたりは頷く事でそれに応えた。


 覚悟を決めたリィアを、他の団員達も祝福してくれた。そして、誰もが全力で支える事を約束してくれた。その優しさと温かさに、リィアはひたすら感謝する事しか出来ない。その恩に返せる物は今のリィアに無いが、出来る限りの努力とその結果で表すしか無いのだ。
 彼らの思いを無駄にしない為にも、リィアは今出来る事から始める事にした。昨日の一件の調査も大切ではあるが、今は専門の団員達に任せるしか無い。その前にリィアがやるべき事はまず何よりも、団の業務を覚える事だった。
 それなりに手伝いはして来たが、リィアはあくまでも団長の娘という位置付け。正式団員の扱いはされていなかった。その為、業務には知らない事が多く含まれている。良く団長のサポートをしていたというメアリを指導役として、数日の間リィアは業務に専念していた。
 その間にもマリナの調査は進められていたが、報告される内容に進展は見られない。流石のメアリも精神の病は専門外の様で、現時点で発展出来そうな情報は何も無かった。他人の能力関知が出来るメアリにも彼女の能力は未だ読み取れておらず、有力者である断定も据え置かれている。
 町はというと、何事も無かった様に通常に戻っている。数日の時間を掛けて改めて調査してはみたが、破損した場所は何処にも無かった。その現状に、避難していた住民達もしきりに首を傾げていたという。矢張り、あの炎は幻であると考えるべきなのかも知れない。
 業務の合間に纏められた調査資料を眺めていたリィアは、急いた様子で掛け込んで来た女性団員に気付いて視線を上げた。焦りと戸惑いを同時に浮かべた様なその表情に、リィアは問い掛ける。
「どうかしたの? 何か、あった?」
 彼女は何度も頷くと、早口で告げた。
「先日保護したマリナ・ロズウェルですが、団長との面会を希望しています……!」


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