第19話 遥か、来訪せし者


「此処に、あの方が……」
 魔石保護監視団と記された看板が掲げられる建物を見上げ、少女は呟く。
 その、門前。彼女は肩幅に足を広げて身体を安定させると、腰に両手を当てて大きく息を吸った。
「た――――のも――――ッ!」

*

「え、異国からの来訪者?」
 慌ててやって来た団員の報せに、リィアは目を丸くした。
 リィアは今、医務室で腕の治療を受けている。爪が僅かに肌に食い込んだだけの軽症だが、放っておくのは良くないと諭されたのだ。自分の周囲は揃いも揃って過保護であると、そう思わずにはいられない。それは言い換えると、大切にされている証拠ではあったが。
 そんな最中に舞い込んで来た話は、何とも不可思議な内容だった。
 団の特質上、来訪者はそう珍しい事では無い。初代団長であるバートの開放的な気質もあって、常日頃から町の人々が他愛ない相談事を持ちかける事も多いのである。しかし異国からの訪問者など、過去に前例は無かった。そしてその様な事がある予定さえ、無かった筈である。
「異国の来訪者だなんて、きっとそれなりの理由があると思うし……それに、話も聞かないままに追い返すなんて出来ないもの。私、会ってみる」
「では、応接室にお通ししておきますね」
 そう言い残し、団員は再び急ぎ足で戻っていく。
「さっきは油断してこんな目に遭ったんだし、今度はあのふたりでも護衛代わりに置いときなさいな。何処の誰か、用件も何なのか不明だし、何があるか分からないから念の為、よ」
 腕に包帯を巻き終えたメアリが、忠告めいた様に言う。矢張り過保護すぎると思いはしたが、リィアは素直に頷いた。先刻のマリナ以上に、相手は謎の存在なのだ。注意するに越した事は無い。
 それよりも、重大な問題があるとすれば。
「…………異国っていうけど……会話、通じるのかな」
 その呟きには、流石のメアリも返答に困った様だった。


 忠告通り、リィアは紅瑛とハクロに同行を依頼する事にした。
 来訪者の意図が分からない以上、対面するリィアにもしもの事があっては、と彼らは迷う事無く首を縦に振った。その様子からすると、先刻の事態は既にふたりの耳にも入っているらしい。
「話によると、その人達は異国から来たって事でしたよね」
 応接室までの道すがら、ハクロが確かめる様に言った。その言葉にさり気無く含まれていた新たな情報に、リィアはふと気付く。
「その人、達? 来訪者の数って複数なの?」
「ええ、そうみたいですよ。確か、男女のふたり組だっていう目撃証言があります」
 勝手に単独だと思っていたが、どうやら違ったらしい。メアリが慎重にとしつこいくらいに念を押していたのは、来訪者がひとりでは無い事に気付いていたからなのだろうか。
「男女ふたりの異国人、ねえ……」
 沈黙を保っていた紅瑛が、渋い顔で呟く。その様子に、リィアは首を傾げた。
「なに、心当たりでもあるの?」
「いや。そんな奴らが、此処に一体何の用かと思ってさ」
「それを、これから訊きに行くんでしょう?」
 さらりと言い切って、リィアは辿り着いた応接室の前で立ち止まる。そうして軽く深呼吸をすると、意を決してドアノブに手を掛けた。重くも無い扉はするりと開き、中に居た来訪者の姿を視界に映す。
 其処に居たのは、リィアとさほど歳の違わないであろう少女。そしてそれよりも若干年長と思われる青年のふたり。想像とは遥かに違う容貌に、リィアは思わず面食らった。しかし此処は団長としての顔を崩す訳にはいかないと、慌てて表情を取り繕う。
「魔石保護監視団現団長を務めます、リィア・ヴァレンフィールドです」
 応じる様に、立ち上がった青年は恭しく頭を垂れた。隣の少女もそれに倣う。
「突然の訪問、大変失礼致しました。私は嘉藩島より参りました昴と申します。お見知りおきを」
「同じく、花南と申します」
 青年に続いてそう名乗った少女は、上げた視線に映ったひとりの姿を認めて叫んだ。
「紅瑛様……! 漸くお会い出来ました!!」
 彼女の口から発せられた意外な名前にリィアとハクロは言葉を失い、この事態の渦中に引き込まれた紅瑛だけが気まずそうに視線を落としていた。


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