第20話 明かされた素性


「ええと、どういうこと?」
 状況が全く読めず、リィアは困惑を口にした。戸惑う視線を動かすと、ハクロと目が合う。しかし彼も困った様な顔をして首を傾げるばかりだ。一体、何がどうなっているのだろうか。
 此方の動揺を素早く察した昴が、苦笑を浮かべて頭を下げる。
「驚かれたでしょう。申し訳ありません。今、我々が此方へ参った経緯の説明を致しますので」
「はぁ。…………あ、どうぞお掛けになって下さい」
「ありがとうございます」
 勧められるがまま、ふたりは椅子に腰掛ける。リィア達も、彼らと対面する形で長椅子に座った。
 先刻の少女――――花南の発言からするに、彼らはどうやら紅瑛の事を知っているらしい。そして先程明かした土地の名は、彼の故郷の名では無かっただろうか。名前の語感からしても、同郷であろう事は明白だ。しかしその関係性までは、リィアに読み取る事が出来ない。紅瑛様、と呼んでいた事を考えれば、少なくとも彼女の立ち位置は推測出来そうではあるが。
 どう切り出すべきか思案していると、先に昴の方が口を開いた。
「ご存知の事かも知れませんが、其方に居る紅瑛とは同郷の間柄でして。今回我々が此処に参りましたのは、島を束ねる王室の命により、彼の身柄を預かる為です」
 淀み無く発せられた言葉に、三人それぞれが言葉を失った。どう反応して良いのかも分からないままに、リィアは状況を把握しようと足掻く。
「あ、あの、身柄を預かるって、一体、どういう事、ですか?」
「失礼。言葉の選びが少し違っていたかも知れませんね。本人には、意味する所は伝わっているかと思いますが……そうですね、彼を迎えに来た、という表現が一番正しいのでしょうか」
「迎え、にですか?」
 表現を柔らかくした事から考えるに、悪い意味で連れ帰るという事では無さそうだ。だがしかし、先刻彼は「王室の命」と言い切っていた事を思い出す。嘉藩島が幾ら小さな島国とは言え、それを取り纏める王室が一個人である紅瑛を呼び戻そうとするとは。訳が分からない。
「ええ。こう見えて、我々は王家に仕える身でして。この度数年に渡り消息不明とされていた王子の行方が知れたという事で、こうして帰還頂く為にお迎えに参った次第であります」
 昴はそう言うと、穏やかな笑みを浮かべた。視線を紅瑛にしかと据えたまま。その笑顔の裏に隠された圧力を感じたのだろう、それを回避するかの様に、紅瑛の視線はあらぬ方向へ飛ばされる。
 ――――それよりも。
 彼がさらりと口にした事があった。誰も知らなかった筈の、事実を。
「お、王子……って、あの、今、言いました?」
「ええ、言いましたけれど」
「あの、だ、誰が王子、って?」
「ええ、ですから貴方の隣に座っている、そこの紅瑛が、です」
「な…………っ!!」
 咄嗟に口を突こうとした言葉は、声という形を保てなかった。ぱくぱくと口を動かして、リィアは未だ視線を逸らしたままの紅瑛を見る。数年に渡って共に過ごして来た彼が嘉藩島王室の嫡子だなど、率直に理解する事など到底出来なくて。
「な、何で言ってくれなかったのよぉおお!!」
 混乱の残る思考のまま、絞り出した絶叫が室内に響き渡った。
「そうですよ、ずっと黙ってたなんて酷いじゃないですか!」
 同様に視線を向けたハクロも、リィアに続いて言葉を投げる。彼は紅瑛を相棒として、これまで団の仕事をこなして来たのだ。それを思えば、この衝撃はリィアのそれを超えるかも知れない。
 その様子に目を瞬かせていた花南が、首を傾げた。
「もしかして、皆さんは紅瑛様の素性、ご存知無かったんです?」
「知りませんよ! だって詳しい事なんて今まで何も教えてくれなかったんですから!!」
 相手がお客様である事も忘れ、リィアは叫ぶ。苦笑した昴が、頭を下げた。
「そうでしたか。それは失礼致しました」
「…………何でお前が謝るんだよ」
 ぽつりと、小さく呟いた声には呆れにも似た感情が混ざっていた。
「それは勿論、我が王室の不手際とも言えるからですよ、王子様」
 揶揄する様な響きを持たせた返答に、紅瑛は観念した様に深く溜息を吐き出した。その視線の先を自身の足元に落とし、躊躇いの感情が色濃く反映された声音で言葉を紡ぐ。
「今まで黙ってたのは、悪かったと思ってる。でも、何も別に後ろめたい事があって言わなかった訳でも、騙そうと思っていた訳でも無い。これだけは、言っておく」
 静まり返った室内に響いた釈明の声に、リィアは戸惑う。
「……私、は。責めるつもりは無い、から」
 どう返すべきか迷いつつも、するりと口から滑り出てきたのはそれだった。自然とも言える感覚で飛びだした言葉をきっかけにする様に、リィアは先を続ける。
「でもこうして知った以上は、ちゃんと話して欲しい…………です」
 正直な想いを声に乗せる中、ふと彼の身分に意識が思い至って、リィアは慌てて敬語に直す。いかにも取って付けた様な唐突な敬語に、紅瑛が苦笑した。其処で初めて、彼はリィアに向き直る。先刻までとは違う、射抜かれそうな程真っ直ぐな視線に、今度はリィアの方が動揺した。
「別に、今までと同じ口調で良いよ。敬語なんて要らない」
「……ん。だからね、全部聞いて、ちゃんと納得して理解した上で、それでこれからどうするのか、私は決めたい。確かに本当は王子様かも知れないけど、今は此処の一員なんだから。ね?」
「分かった。団長に従うよ」
 穏やかに答えた紅瑛の顔に、漸く安堵の色が浮かぶ。漸く本調子が取り戻せたらしい彼は、此処で始めて同郷のふたりと視線を交わした。
「それで良いだろう? 昴、花南」
「勿論! 私は紅瑛様の判断に喜んで従いますとも!!」
 問答無用で即答した花南の隣で、昴は何処か嬉しそうな顔をしながら頷いた。
「同じく。我々も祖国を出た理由に関しては、何の説明も受けていないので」
 静かに答えた昴が、リィアに向き直る。
「我々の方からお話し出来る事があれば、何なりとお訊き下さい」
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げて、リィアはふぅと息を吐き出した。


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