第21話 説明と進展


「正直なところ、島を出た事に深い意味は無いんだ」
 そう、紅瑛は切り出した。その説明に、昴は疑わしげな視線を投げる。
「仮にも国を継ぐべき王子に、深い意味も無く故郷を飛び出されたら堪ったモンじゃ無いですがね」
「それは悪かったと思ってる。ただ、こう……思わず」
「思わず、ってお前な。深刻な理由でもあるのかと心配して来た俺が馬鹿だった」
 深々と溜息を吐いた昴の口調が、唐突に崩れた。本人も無意識だったらしく、自身で気付いて更に溜息を深くする。そうしてリィアに向き直ると、律儀に弁明を始めた。
「すみません。気の抜けた答えを聞いたら、つい。もともと公の場以外では友人と変わらない付き合いをしてましたから、そういうものと思って目を瞑って下さい。それに、我々の目の前に居る紅瑛は王子ではなく、貴方の組織の人間という訳ですから。ね?」
「そうですね……はい、じゃあそういう事で」
「ありがとうございます。――――で、思わず飛び出した理由は。まさか無いとは言わないよな?」
「俺だって、別に何も考えて無い訳じゃない。ただ、世界を見てみたくて」
「世界を、見る?」
 リィアの小さな問いに、紅瑛は頷く。
「あぁ。小さな島の王宮で何不自由なく育って、後には王位を継ぐ事が決められてて。島の外を碌に見る事も無く、狭い世界だけしか知らないままで俺は一生を生きてゆくのかって思ったら……他の土地へ行ってみたくなった。だから、島を出たんだよ」
「なるほど、そういう事か。確かに我が国は、少々閉鎖的な所があるからな」
「それなら言って下されば、私がお供として参りましたのに!」
 拗ねる様に、花南が主張する。友人然として付き合いを重ねて来た昴とは違い、彼女は紅瑛に対して強い思慕を抱いているらしかった。その勢いに気圧されつつも、紅瑛は首を振る。
「気持ちは有り難いけど、恐らくひとりだからこそ此処まで来れたんだと思う。同行者を増やせば、自然と足取りは掴み易くなる。バレれば国の連中は絶対に阻止しようとしただろうし、それに、俺の我儘で他人を振り回す事は出来ないから」
「そう、ですか……」
「それで、結局世界は見えたのか? 世界どころか、すっかり此処に居付いてる訳だけど」
 単刀直入な問いに、紅瑛は一瞬言葉を詰まらせた。彼の言う通り、故郷を出た所で一箇所に居座るのならば同じ事だ。ただ、場所が変わったというだけのこと。
 しかし、そうせざるを得ない理由は存在した。確かに。それを、静かに言葉にする。
「此処へ来る途中、話を聞かなかったか? この付近に存在する、『魔石』の話」
「あぁ、少しな。数年前に正体不明の石が現れて、近付く物には不思議な力を与える……とか。此処が、その調査を正式に任されている団体なんだろ?」
「それが、此処に留まっている理由だ」
 短く、紅瑛は言い切る。昴は暫し無言で考え込んでいたが、やがて納得した様に頷いた。
「つまりは、お前もその魔石とやらの影響を受けたんだな?」
「あぁ。俺と言う人間の本質が変化してしまった以上、何も無かった様に世界を巡る事も、故郷に戻る事も出来ないだろ。此処で団員として手伝った方が、その何倍も有益だと判断したんだ」
「もしや、その髪の色も理由のひとつって事なのか」
「……まぁな」
 跋が悪そうに答えて、気付かない訳がないか、と紅瑛はぼやく。
 魔石に魅入られて変質した髪の色は、鮮やかな紅。彼らの記憶にある「紅瑛」の髪は、漆黒の色であった筈だ。今の今まで言及こそしていなかったが、内心ではさぞや驚いた事だろう。
「ま、良いんじゃないか? 名前に合った色になった、って事で」
 ふぅと息を吐き出して、昴は開き直った様に言った。花南が賛同する。
「ええ、黒髪の紅瑛様も素敵でしたが、今の紅い髪も、とてもお似合いです!」
「だとさ。良かったな、否定されなくて。ま、花南がお前を否定する事なんて有り得ないか」
「で、お前らはどうするつもりなんだ。俺を連れ戻しに来たんだろ?」
「その事だけど、リィアさんにひとつお願いがありまして」
 そう言って、昴はリィアに向き直った。唐突に話を振られて、リィアの肩が強張る。
「少しの間、我々も此処に置いて頂けませんでしょうか。先刻の説明を受けた以上、我々も現状を把握すべきかと思いまして。自身の目で確認した上で、今後どう動くのかを見極めたいのです。勿論、滞在期間は団員の方々と同様に……いえ、それ以上にこき使って頂いて構いません」
 断る理由は、無かった。迷わずリィアは頷き、こうして臨時的に団員が増えたのであった。


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