第5話 来訪者“アリス”


「……まさか、外から来た筈の扉を戻ったら屋敷の中に居るだなんて思いもしなかったわ」
 呆然と、ルピナスは呟いた。
 アスターの小屋の扉の向こうに広がっていたのは、見知らぬ廊下であった。手入れの行き届いた空間は清らかで、細かな意匠や調度品の良さからも高位の屋敷である事が推察される。温かみの残る木造の小屋から足を踏み入れた事もあって少々無機質な印象は否めなかったが、それでもその場所が客人を迎える為の誠意に満ちている事は何となく分かった。
 きょろきょろと辺りを見回すルピナスを誘導しながら、トレニアが言う。
「今回はスイセンさんが目的地に繋げてくれたから、ちょっとだけおかしな事になっちゃったかもね。普段はアスターの家から此処まで歩いて移動してるから、時間短縮は出来たと思うよ」
「ちなみに、普通に歩いて来たらどのくらい掛かったの?」
「そうだなぁ。地理的にはそんなに離れてる訳じゃないけど、でも歩いたら結構あるよね?」
「前回は確か昼頃に出発して、着いたのが夜だったか」
 アスターの答えを、ルピナスは笑って誤魔化した。良かった。ショートカット出来て、本当に良かった。
「そ、それにしても凄いお屋敷ね。調度品も高級そうだし、さぞかし名の知れた名家なんでしょうね」
 急な話題の逸らし方だっただろうか、とルピナスは不安に思ったが、ふたりはそんな事は欠片も気にしていない様であった。トレニアは問い掛けに、考え込む様な素振りを見せる。
「うーん……名家、というのは少し違うかも」
「そもそもこの屋敷の持ち主は、貴族の類では無いからな」
「そうなの? でも貴族じゃないのにこれだけのお屋敷を持てるなら、充分立派だと思うわ」
 彼らの言い回しから考えても、王族に連なる人物という事でも無いのだろう。つまりは一般市民に近い存在。そんな人物が、これだけ高級な屋敷を構えているというだけでも尊敬に値するだろう。しかし、ふたりの反応は違っていた。
「立派、ねえ。それが本人の力による物であれば、それも納得するんだが」
「確かに持ち主ではあるけれど、正確に言ったら管理人、って方が近いのかな」
「此処は女王――――いや、国から支給された家だからな」
 それならば、彼らの言葉にも多少は納得がいく。つまりは国の所有である屋敷の維持と管理を任されているという事なのだろう。しかしルピナスからしてみれば、これだけの屋敷の管理を任されている時点で充分に凄い。それは言わば、国から信用されている事と同義の筈だ。
「管理人だって、充分に凄い事じゃない。これだけの家、維持するのも大変でしょうし」
「……まぁ、そうだな」
 どうにも歯切れの悪い反応に、ルピナスは首を傾げる。
「さっきから、何か引っ掛かる反応がある気がするのだけど。私の気の所為かしら?」
 この屋敷の主を褒める度にアスターが渋い顔をする事を、ルピナスは見抜いていた。トレニアこそ顕著な反応が無いものの、素直に頷かない辺りが気に掛かる。会いたくない相手、もしくは相性が悪い相手、そんな所なのだろうか。人間である以上、多少の好き嫌いや相性の良し悪しはある物だが。
「私はこれから初めて会うっていうのに、そんな反応をされたら前に進めないじゃない」
 キッパリと言い切ると、トレニアがぶんぶんと手を振った。
「大丈夫、悪い人では無いから! 悪い人では無いんだけど……ちょっと、個性が強いと言うか」
「……それだけ?」
 目を瞬かせて、ルピナスは問い返す。本当にそれだけの理由で、あんな反応をする物なのだろうか。追究は、アスターの強い一言に遮られた。
「此処であれこれ言っても仕方が無いだろう。会えば分かる、それだけの事だ。――――着いたぞ」
 ひとつの扉の前で、アスターは足を止めた。その横に立ったルピナスは、重厚な扉を見上げる。
「これがひとつめの扉、って訳ね」
「そうだ。まずは此処で、審判を受けて貰う。城に行くべき“アリス”であるかどうか」
「この先に、最初の審判者が……。流石にちょっと、緊張するかも」
「“アリス”なら大丈夫だよ。今の“アリス”らしく、正直にぶつかっていけばきっと」
「さっきも言ったが、そいつは悪人の分類には含まれない人種だ。その点においては安心して良い」
 ふたりからの後押しに、ルピナスは心が落ち着いてゆくのを感じた。それぞれがそれぞれの言葉で、ルピナスを助けてくれている。会ったばかりの相手ではあるけれど、妙な信頼感がある。彼らは信用に足る人物だと、本質的に知っている様な、そんな感覚。
「アスター。貴方、不愛想だけど良い人ね。ありがとう、覚悟は決まったわ」
 一言告げて、ルピナスは扉のノブに手を掛けた。


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