第6話 第一の扉


 扉を開いた先には、広々とした部屋が広がっていた。
 壁に並んだ棚にぎっしりと本が詰まっている様子は書斎とも取れるが、部屋の中央に設えられたソファとテーブルを見るに、応接室としての役割を兼ね備えているらしい。それらの調度品の数々は廊下で目にした物らと変わらず、落ち着いていながらも質の高さが窺えた。
 開いた扉に気付き、机に向かっていた影が動く。背後に大きく取られた飾り窓から差し込む強い光の所為だろう、ルピナスからは影にしか見えなかった。
「おや。見知らぬお嬢さんが私の所に」
 穏やかながらも歓喜を孕んだ声音は、男性の物だ。頭がそう判断を下す頃には、更に影が動いていた。彼が立ち上がり、背負っていた光の加護から外れて漸く、ルピナスはその姿をはっきりと捉える。
 第一印象は、派手の一言であった。
 やや個性の強い衣装が真っ先に情報として飛び込んで来て、嫌が応にも意識を刺激するのだろう。長く伸ばしたコバルトグリーンの髪は丁寧に三つ編みにされており、良く見れば男性ながらも美しい顔立ちは、それだけで目を惹く物がある。一見するだけなら、男装の麗人とでもいう様な雰囲気だ。実際には男性の筈であるから、その表現が適切とは言えないのだろうが。
 間近までやって来た彼は、澄んだグリーンの瞳でルピナスを覗き込み、その目を輝かせた。
「なるほど。君が今回の“アリス”という訳だね。レイディ」
「ルピナス、と言います」
 相変わらず“アリス”かどうかで判別をされている様だが、ルピナスとしても矢張り譲れない物がある。例え、名乗った所で綺麗にスルーされる運命だとしても。
「私が“アリス”であるか否かと言えば……まぁ、答えはイエスですけど」
「これはこれは、ご丁寧に。私はアリウム。遠路はるばる、我が屋敷までようこそ。レイディ・アリス」
 大仰とも言えるお辞儀と共に、彼――――アリウムは名乗りを上げた。何処か芝居がかった仕草と口調だったが、それが不思議と様になる。
「さて。此処へやって来たという事は、既に審判の話は耳にしていることかと思うのだが」
「話の途中で悪いが。誰か忘れていないか」
 本題に進めようとしたアリウムを制止する声が、ルピナスの背後から飛ぶ。其処で初めてアリウムはルピナスから視線を逸らした。馴染みがあるのだろうふたりを漸く視界に捉えた彼が、笑む。
「何を言うんだい。“アリス”が此処に居る以上、案内役である君達が同行しているのは当たり前の事だろう? 君達が其処に居る事も当然承知していたよ。しかし現時点で私が最も気に掛けるべきは“アリス”であるというだけさ。無論、君達を蔑ろにしたつもりは無いとだけは言っておくよ」
「……相変わらず、良く回る口だな」
 不機嫌そうに、アスターがぼやく。無口な彼と饒舌なアリウムとでは、性格が正反対なのだろう。そういう観点から見ればアスターにとって苦手な部類の人間かと思ったが、友好的な態度こそ出さないが嫌悪感を抱いているという訳では無さそうだ。
「君が語らなすぎるんだよ。それが君の個性でもあるけれど、あまりにも言葉が足りないと誤解を招く事もある。これは私からのアドバイスだが、少しは本音も言葉に乗せる事をお勧めするよ」
「余計なお世話だ」
「あぁ、そう言うと思っていたとも!」
 愉快そうに笑って、アリウムは言う。アスターの眉間の皺が更に深くなったが、彼はその事を少しも気にしていない様子だった。恐らく、これが彼らの日常なのだろう。
「それにしてもアスター君、此度は君も同行しているとはね。驚いたよ。珍しい事もあるものだ」
「そうなの? 案内役だって言っていたし、てっきりそれが当たり前なんだと思ってたわ。特に渋る様子も無かったし、あっさりついて来たわよね」
 振り返って、問う。アスターは跋が悪そうに彼方へと視線を飛ばした。
「最初の頃は今みたいに、ふたりで案内してたんだ。でも最近は、確かに僕ひとりだったよね」
「……本来は俺も同行すべきなのだろうが、俺にも事情があったというだけの話だ」
「ふむ。まぁ、そういう事にしておこうか」
 自ら振った話題を纏め上げて、アリウムはルピナスへと向き直る。
「さて、レイディ・アリス。さっきの話の続きに戻るとしよう。彼らから、審判の話は聞いているね?」
「ええ。此処が第一の扉、なのよね。貴方の審判をクリアしたら、先の扉へ進めるんでしょう?」
 アスターの小屋で聞いた話を、大雑把に纏める。アリウムは満足そうに、大きく頷いた。
「その通り! 素晴らしく簡潔だ。では私も結論から言うとしよう。回りくどいのはあまり好まないのでね」
 そう言い置いて、アリウムはキッパリと宣言した。
「私は、君を次の扉へと導く事を約束するよ。君が望むのならば、今すぐにでもね」


BACKTOPNEXT