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第11話 第二の扉 「……まさか、屋敷の扉の先が森だとは思わなかったわ」 困惑の色が滲む声で、ルピナスは呟いた。 其処は、明らかに森の中であった。ぐるりと辺りを見回してみても、視界に映るのは樹と草と花ばかり。潜った筈の扉さえ、其処には無かった。一種の魔術なのだろうか、通過した時点で消失する仕組みになっている様だ。つまりは、一方通行。先に進む以外の選択肢が与えられていないという事か。 尤も、この“ワンダーランド”に実在する場所であるならば自力で訪れる事は可能なのだろうが。距離としてどれほどの物かは流石にルピナスにも分からない。結局は、進むしか無いのだ。 「“アリス”、さっきも同じ様な事言ってたよね」 笑いながら、トレニアが言う。この状況を不思議に思う反応が、新鮮に感じるのだろうか。 「この前のは例外的にスイセンさんが繋げてくれたけど、今回は元からこういう風に設定されてるんだ。アリウムさんのお屋敷のあの扉の向こうが、此処に繋がってる。実際に全ての扉がある所を歩いて移動すると、それだけで時間も掛かるし。この方が便利だろうってスイセンさんが」 「ショートカット、って訳ね。それ自体は有り難い話だけど……でも、さっきの部屋って確か二階だったと思うんだけど。一体どういう構造してるのよ」 二階の扉が外に繋がっている。それだけ言葉にすると、恐ろしくも感じてしまう。一歩踏み出したら真っ逆さま、などという未来を想像して、ルピナスは思わず眉根を寄せた。そもそもあの扉の先が森になるなど全く想定していなかったのだが、何の用心も無く扉を開けてしまって良いのかと心配にもなる。 ――――そもそも、“アリス”が危険な目に遭う様な仕様にする筈も無いだろうが。 「魔術による空間転移の一種らしい。原理や構造を知るのは、この“ワンダーランド”でもスイセンひとりだろうな。他の誰にも、理解と把握が出来ない代物だよ」 律儀に、アスターが説明をしてくれた。その言葉には僅かな棘にも似た感情が潜んでいる様にも聞こえたが、本当の所は分からない。それが羨望なのか、呆れなのか、それとも憎しみに似た何かなのか。多くを語ろうとしないアスターの感情を探るのは、骨が折れそうだ。 「そう言えば言ってたわよね。スイセンは『“ワンダーランド”で唯一魔術を扱える人』だって」 「うん。昔は“ワンダーランド”にも魔術が使える人がいっぱい居たみたいなんだけど。今は廃れちゃって」 「それって、何か理由があるの?」 「どうかなあ……僕も詳しい事は分からないんだけど。他の技術が発展して、魔術の意味合いが薄れちゃったって聞いた事はあるよ。魔術が現役だった時代は、随分と昔の事みたいだから……僕らにとっては未知な所も多いんだ。魔術に関しては、“アリス”の感想と同じ様になるかな」 「そんな物を扱えるスイセンって、一体何者なの? 随分と愉快な性格してるみたいだけど」 小屋で会った時の振る舞いを思い出しながら、ルピナスは問う。 自由人を絵に描いた様な、人を振り回す事が趣味だとでも言い出しそうな人物像。それでいて、唯一の魔術師というとんでもない肩書が同列に語られる。本当に、不可思議な存在だ。悪い人物で無い事は言葉を交わして理解しているが、どうにも掴み切れない不確かさを秘めている。一向に内面が読めて来ない。それが、スイセンに抱いている正直なイメージだった。 「あいつはそもそも年齢不詳、性別不詳で通っている。徹底した秘密主義など、面倒な事この上ない。あいつの存在そのものが謎みたいな物だろう。気にしたらおしまいだ」 「確かにちょっと変わった感じの人だなぁとは思ったけど。貴方達の評価もそんな感じなのね」 「あいつと関わり合って碌な目に遭った事が無い。言ってみれば厄介な、迷惑の塊みたいな存在だ。その上おだてると調子に乗るからな、付き合い方には気を付けろ」 今まで余程スイセンの自由な言動に振り回されて来たのだろう。そう断言するアスターの姿には彼の苦労が滲み出ている様で、ルピナスは思わず苦笑した。 「悪い人じゃないって事は分かるけど……でも、うん。忠告は有り難く受け取っておくわ」 「あ、見えて来た。“アリス”、あれがネリネの待っている場所なんだよ」 トレニアが、不意に弾んだ声を上げた。同時に、前方を示してみせる。その指先に視線を動かしたルピナスは、視界に飛び込んで来た物に目を瞬かせる。 ――――それは、どう見てもテーブル、だった。 「あれって……テーブル、よね。随分と大きいけど」 「うん、大勢の人を持て成せる様になってるんだ」 テーブルまでは、未だ少々距離がある。そんな遠目に見ても、その大きさには目を見張る物があった。一体何人掛けなのだろうか、少なくとも森の中の広場に置かれていて当然と思える様なレベルではない事は確かだ。困惑の色を滲ませつつも、ルピナスはテーブル目指して歩を進める。 いざ近付いてみると、テーブルの上にはパンやお菓子、紅茶に果物など、様々な食べ物達が所狭しと並べられていた。ティーカップに注がれた紅茶は、淹れ立てなのかまだ湯気が昇っている。そんな物に埋もれたテーブルの一角で、突っ伏す様にして眠りに落ちている少女が、居た。 鮮やかなオレンジ色の髪が、緩やかなウェーブを描いて少女の顔に影を落としている。静かな寝息を立てて熟睡する姿は少女の可憐な姿と相まって、まるで人形の様な美しさすらあった。 「彼女がネリネだよ。ふたつめの扉を預かってるんだ。僕の友達」 簡潔にそう紹介して、トレニアは少女――――ネリネの肩を揺すった。 「ネリネ。ネリネってば、起きて。“アリス”を連れて来たよ」 「う……ん、あり……す……? ……“アリス”!?」 無意識に繰り返した名前の意味に気付いたのか、飛び起きる様にしてネリネが顔を上げた。薄みがかったブルーの大きな瞳と、目が合う。 「そうだよ。ネリネ、新しい“アリス”に会いたがってたでしょう?」 「“アリス”……“アリス”!!」 ネリネの顔が、みるみるうちに笑顔に変わる。懐かしい旧友に会う様な喜びを湛え、少女はルピナスに駆け寄った。そのまま飛び付く様に抱き付き、感触を確かめる様に頬を寄せる。 「“アリス”だぁ……! また“アリス”に会えた!!」 「え、えっと……あの……私は」 自分はルピナスなのだと、いつもの様に訂正しようとしたが言葉に詰まった。子供が素直に喜んでいる姿を前にしてしまっては、それは余計な一言である様な気がするのだ。それはネリネが、これまで出会った誰よりも幼い姿をしていたからかも知れない。 「ネリネは、僕たちの中でも特に“アリス”が大好きなんだ。新しい“アリス”が此処を訪ねて来る度に、お茶会を開いて持て成してね。でも“アリス”はずっと此処に居られる訳じゃないし、次の“アリス”がいつ来てくれるのかも分からないから……だから、新しい“アリス”が来る時になるといつもこんな感じで」 「私は貴方の大好きな“アリス”とは違うけれど、それでもこうして喜んで貰えるのは嬉しいわ」 「ううん、そんな事無い。“アリス”は、わたしの大好きな“アリス”だよ? “アリス”、最初のアリスと同じ匂いがするもん。あったかくて、優しい匂い」 ぎゅ、と抱き付く掌に力を込めて、ネリネは顔を埋めた。思わず、ルピナスはその頭を優しく撫でる。 「……そっか。じゃあ、お茶会しましょう? 貴方の話、聴かせてちょうだい?」 「うん……!」 こうして、自然に囲まれながらの優雅なお茶会がスタートした。 |
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