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第12話 微睡みの中で 「それにしても、準備が良すぎるくらいね」 テーブル上に広がる品々を改めて眺め、ルピナスは呟いた。来訪者が誰であろうと、好みの物を的確に提供出来る――――そう確信出来る程のバリエーションである事は間違いない。 既に人数分が用意されたカップからは、未だにゆらりと湯気が立ち上っている。その事実が、やはり不思議で仕方が無い。今、この瞬間に訪ねて来るという事を、予め知っていたかの様な用意周到さだ。それを、このネリネがひとりで準備したとは到底思えなかった。 「これって……“アリス”の為に用意された物、なの?」 「うん。そうだよ」 問い掛けると、ネリネは大きく首を縦に振った。 「“アリス”が来たよ、って教えて貰って……それで、準備してたの。途中で、寝ちゃったけど」 ネリネの回答からも察するに、手伝った第三者は間違いなく存在している様だ。その人物が、此処まで正確な到着時間を割り出していたという事なのだろうか。 「教えて貰った……って、誰に?」 「ねこさん」 「ね、猫……?」 返って来た簡潔な言葉に、ルピナスは困惑した。知らぬ名前を出される覚悟はしていたが、動物の種類で返って来る所までは予測出来なかった。そんなの、流石に出来る筈が無いだろう。ほんのりと覚えた頭痛に、ルピナスはこめかみを押さえる。その戸惑いを察したのか、トレニアが助け舟を出した。 「それならスイセンさんの事だよ。髪の毛がこう、ぴょんと跳ねてるのが猫の耳みたいだからだって」 「あぁ、なるほど。何か、ちょっと分かる気はするかも」 ルピナスとしても、やや納得する所はあった。ネリネはどう見ても、感覚的に物事を捉えていそうなタイプだ。両耳の上あたりの毛が外向きに跳ねている、その形状を彼女なりに猫の耳と形容したのだろう。思い起こしてみれば確かに、近しい物を感じる。 「見た目的にもだけど、性格的にも猫っぽいわよね。自由気ままで神出鬼没なあたりとか」 「その分析は、あながち間違っていないかも知れないな。そんな、愛嬌がある様には思えないが」 アスターがぽつり、呟いた。本質的な類似点には彼自身も納得がいった様だが、しっかりと否定の言葉を連ねるあたりが抜け目ない。スイセンを持ち上げる事だけは避けたいと、そんな感情が見えて来る様だ。本当に徹底している。流石に険悪の部類では無い事は、見て取れるが。 喧嘩するほど何とやら。僅かにそんな単語が頭を過ぎったが、ルピナスは呑み込んだ。 スイセンの方は寧ろ好意的に接している様にも見えるが、その距離感の詰め方がアスターにとっては苦痛を覚えるのだろう。性格の相性としては悪い部類だ。水と油の関係にも似ている。 「ま、猫も可愛いだけじゃ無いものね。……それにしても、まるで私達の来る時間を計っていたみたいな準備の良さじゃないかしら。スイセンから聞いた、って言われたら納得しちゃう自分が居るんだけど……でも、そんなの、本当に分かる物なの? ねえネリネ――――」 ふと視線を動かした瞬間、目に入った光景にルピナスは言葉を切った。出会った時と同じ様に、ネリネはテーブルに突っ伏している。静かに伏せられた睫毛は長く、すぅすぅと聴こえて来る寝息は可愛らしくもある。あるのだが、ルピナスにはこうなった状況が理解出来ずにいた。 「え。寝てる? いきなり? 何で?」 戸惑うルピナスに、再度トレニアが説明を買って出た。 「えっと、ネリネはいつもこうなんだ。話の途中とか、そういうのも関係なく眠っちゃうみたいで。でも、ずっと寝たままってわけでも無いし、起こせばちゃんと起きてくれるよ。一応、ネリネなりのサイクルはあるみたいなんだけど、僕達にはちょっと把握が難しくて」 「一種の体質だ、深く気にする事は無い」 どうにか言葉を絞り出したトレニアの説明を纏めるかの様に、アスターが一言で締め括った。その、あまりにも簡潔過ぎる言葉に、ルピナスは面食らう。そんな表現で言い切ってしまって良いものだろうか。 「い、いや、気にするなとか言われても……これじゃあ話が出来ないじゃないのよ……」 「審判の進行についてなら問題無いよ、大丈夫。そこの森に入ってすぐの所にある木が、扉の役割になってるから。必要ならいつでも先に進めるよ」 「いやでもそれじゃあ審判の意味が」 「言ったでしょ、みっつめの扉までは審判なんて無いも同然だって。だから、いつでも先に行く事は出来るし、此処で足止めされる事は無いよ。でも……“アリス”はそれを望まないんだよね」 最後の呟く様な一言に、ルピナスの心臓が跳ねる。それは、此方の本音を見透かされた様な言葉であった。確かに今までの言動から察すれば推測が出来るだろうが、其処に滲んだ声色には、何か引っ掛かりを覚える様な気がする。考えすぎ、なのかも知れないけれど。 「……そうね。折角会えたのだから、ちゃんと話を聞いてから旅立ちたいわ。彼女……ネリネだって、このまま碌に話も出来ないまま別れる事は、望んでないと思うし」 小さな寝息を立てるネリネの頭を、優しく撫でた。緩いウェーブのかかった長い髪は柔らかく、指を滑らせる。不意に、まるで子供を寝かしつける様な素振りであった事に思い至って申し訳無く思ったが、ネリネは心地良さそうな顔をして微睡に落ちている。その穏やかな顔に、幾分か癒された。 「ほらネリネ、起きないと。折角“アリス”が来てくれたんだから」 横から顔を覗き込む様にして、トレニアが声を掛ける。ネリネの細い眉が、ぴくりと動いた。 「うーん……アリスー……起きるぅ……」 むにゃむにゃと言葉を発しながら、ネリネはゆっくりと身体を起こそうとする。だが、その瞼はしっかりと閉じられたままだ。本人は目を開きたいらしく眉根を寄せながら瞼をぴくぴくとさせる様は、彼女なりの努力の表れなのだろう。眠気との闘い。ある意味では、ルピナスにも覚えがある。 「アリウムの言ってた、『この先では質問するのも難しい』っていうのはこの事だったのね……良いわ、無理に起こさなくても。先を急ぎたい気持ちは本当だけれど、ネリネに無理をさせてまで根掘り葉掘り聞き出そうとは思ってないわ。起きるサイクルはあるんでしょう? なら、少しくらい待つのも悪くないと思うし。どうしても時間が掛かる様ならその時だけど……取り敢えずは、貴方達が色々教えてちょうだい。この先に進む為に必要だと思った事はちゃんと、ね」 少々念押しが過ぎただろうかと思ったのも束の間、当たり前の様な顔をしてアスターが即答した。 「無論だ。その為に、俺達は行動を共にしているのだからな」 「なら良いわ。お茶会をするって話だったし、折角用意してくれたんだから頂きながらにしましょう」 言って、ルピナスはネリネから一番近い椅子に座った。そうして、目の前のカップを手に取る。アスターとトレニアが向かい合う位置の椅子に腰を下ろしたのを確認して、ルピナスはカップに口を付けた。最初に訪れたアスターの家で振る舞われた物と、同じ味が口の中に広がる。 初代のアリスが好んでいたという味。何処か懐かしさを感じる様な香りは好ましいが、最初に飲んだ時より味に苦みを感じる気がするのは複雑な感情が加えたスパイスなのだろうか。 ふと浮かんだそんな疑惑に蓋をして、ルピナスは真っ直ぐにふたりを見据えて問い掛けた。 「それじゃあ、ネリネが起きるまで……取り敢えず、彼女について教えてくれる?」 |
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