第11話 時を越えた集合


 森の中を歩く事数分。一行は、無事に小屋へと辿り着いていた。
 ほんの数時間前に初めてやって来た場所へ、こういった形で再度戻って来る事になるとは。スピカ自身、此処の扉を叩いた時は全く予想していない事であった。尤もこんな意外性のある未来を予想出来る者など、それこそシリウスくらいだろう。そう思えば、彼の特異性も分かる様な気がした。
「改めて、ようこそ。……まぁ、現状は僕の家と言う訳では無いだろうけど」
「確かに今は私の所有扱いになっていますが、貴方の家である事には変わりませんよ、シリィ」
 やんわりと訂正の言葉を挟みながら、アトリアは率先して小屋の扉を開けた。そうして自身は先に奥の部屋へと進んでいく。道中で話していた茶の準備をするのだろう。彼一人に任せるのはどうかとスピカは声を掛けようとしたが、逆に手を煩わせるだけかと思い直し、黙ってその背を見送った。
「薬草? 薬屋なんてやってるの?」
 小屋へ足を踏み入れたエルナトが、店舗にもなっている空間を見渡してぽつりと呟いた。何度か此処にも足を運ぶ事があったというレグルスが、頷いてみせる。
「まぁな。生きてく為には収入源が必要だろ? でも環境が特殊だから町に出るのも難しくて、それで薬屋って選択にしたみたいだぜ。あいつ、こういった分野は得意だったし。丁度良かったんじゃねえかね」
「なるほど。此処で店を開けばシリィから離れる事にもならないし、一石二鳥って訳ね。場所としては辺鄙すぎる気もするけど、今の今まで続いてるって事はそれなりに需要があったって事なんでしょ」
「知る人ぞ知る、って感じで伝わってたみたいで。私も、師匠( せんせい )のお遣いで初めて此処へ来て」
「それで巻き込まれた、って訳か。そりゃあ災難だったな」
 状況を察したレグルスが苦笑した。薬屋を訪ねたら眠っていた少年を起こしてしまった上に、一緒にパンケーキを食べに行って再び戻って来る。此処までの流れを纏めてみても、理解不能な展開の連続だ。
「あ、いえ、でもちょっと楽しかったのは本当……なので」
「そうか? なら良かったけど」
 スピカの返答に、レグルスは安堵した様な表情を浮かべた。
 この件に彼自身が関わっている訳では無いのだろうが、それでも旧知の存在が巻き込んだ形になっている事を申し訳無く思っている所がある様だ。其処からも、彼の人の好さが窺い知れる。
「話は座ってからでも出来るだろう? 取り敢えず、奥で休もうじゃないか」
「あっ、はい!」
 シリウスの呼び掛けに答えて、スピカ達は奥の部屋へと進む彼の後に続いた。そうして数時間前、シリウスから説明を受けたあのリビングルームに、一同が再び集合する。室内に入るなりそれぞれが好き勝手にソファーに身を預け、スピカは空いた場所へひとまず腰を下ろした。
 程なくして、アトリアが冷たいお茶を運んで来る。慣れた動作で全員の前にコップを置くと、当たり前の様にシリウスの背後に立つ。数時間前にも見た光景だ。ふたりの関係性は聞いたが、やはりこうして見ると幼馴染というよりも主従という関係性が強いのだと感じる。アトリア自身が、そう望んでいるかの様に。
 それが合図であるかの如く、シリウスが口火を切った。
「少々想定していなかった事もあるけれど、でも、こうしてまた集まれる日が来るなんてね」
「何言ってるのよシリィ。あたしたちの中心にはいつも貴方が居た。その貴方が百年後に目覚める、なんて言い残したらこうなる事は予測出来ない筈が無いでしょう?」
 自信満々に言い切るエルナトの言葉に、シリウスは静かに頷く。彼女の言い分は尤もであった。
「それもそうか。僕が目覚める時期を伝えたのは、こうなる未来を期待していたのかも知れないし」
「ま、イレギュラーがあったとしたら俺だろうな」
「そうよ! 『自分を犠牲に出来ない』って言い切ったのは貴方だけだもんね、アル?」
 エルナトは言う。口調そのものは何処か責める様でありながら、其処には嫌味の様な物は一切無かった。発する言葉は時折鋭さを秘めているが、その鋭さが誰かを傷付ける刃にはならない。それは、さっぱりとした彼女の気性による恩恵であり、彼女自身が持つ特性でもあった。
「まぁな。シリウスの事は仲間として大切には思ってたけど、その目覚めを待つ為に、それを目的にして百年を過ごすってのは何か違うって思ったんだよな。あの頃の俺は、さ」
「至極当然だと思うよ、僕は。僕だって、君達に何かを強要しようなんてつもりは無かったからね」
「そうね。あたしはこうしたかったから実行に移した。シリィが来るなって言っても譲らなかっただろうし」
「……それは尊重してやれよ」
 呆れた様に呟きながら、レグルスは遠い過去を振り返る。
「何にしても、研究が成功したから今がある訳で、当時はそれこそ今生の別れの可能性だってあったしな。どう転ぶか分からなかった以上、当時の俺としてはやっぱり残りの人生は自分の為に使いたかった訳よ」
「研究者としては当然の考えだろうね。だからこそ、今こうして集っている事は奇跡に近いのかも知れない」
 そう言葉にするシリウスの表情は、穏やかだった。彼自身、何処か懐かしさに似た感情を抱いているのだろう。感覚的には一晩の眠りから目覚めた、ただそれくらいの物だとしても。
「アトリアが此処を離れてたらアウトだったけどな。転生して此処の事を思い出した時、試しに訪ねてみたら記憶と何も変わっちゃいねえし。それには正直、驚いたけど」
「シリウスが眠っている以上、問題が無い限り無理に動かすのは得策では無いと考えただけですよ」
「……ま、お前はそういうヤツだよな」
 ふとしたきっかけで花が咲いた会話に、スピカは入れずにいた。どうして入る事が出来よう。それぞれの体感時間に差はあれど、百年という時を越えて集結した仲間達。その中に、スピカが入る余地など無いのだ。
 何故自分は此処に居るのか――――そんな自問自答さえ、何度繰り返したか分からない。彼らの話題そのものには興味がある。百年前の事を実感として知る者の話を聞く事など、普通に考えて出来る事では無いのだから。だが、今スピカが置かれている状況が、関係性が、曖昧な物である事には違いない。
 彼らの会話も、次第に輪郭がぼやけて言葉の理解が出来なくなりつつあった。此処から離れたい。逃げて、気持ちを落ち着かせたい。そんな考えが、脳内で膨らんでいく。
「……あ、あのっ!」
 思わず飛び出た声に、一同が言葉を切った。その場に居た全員の視線を浴びる格好になって、スピカは慌てる。変に話を切ってしまった事を後悔しつつも、後戻りは出来なかった。
「もともと薬を頼まれてて、それで、あの、そろそろ戻らないと」
 動揺もあってか、上手く言葉が出ない。しかし言いたい事は伝わった様で、シリウスが小さく頷いた。
「そうか、それは残念。良かったらまた来て? これも何かの縁、だろうから」
「あ、ええと……はい……」
 答えた言葉は自身でも驚く程に歯切れが悪かったが、誰もそれに触れる事は無かった。
「必要な薬のメモなどはありますか? 宜しければ私の方ですぐに用意致しますが」
「あ、はい。これです」
 服のポケットからメモを取り出し、アトリアに手渡した。それを受け取ったアトリアは軽く目を通すと、迷わず店へと向かう。スピカはそれを無意識に目で追った後、ハッとしてぺこりと頭を下げた。
「突然ですみません、私はこれで失礼しますっ」
「帰りは大丈夫? 送ろうか?」
「そ、そんなに心配しなくても大丈夫です、ちゃんと此処まで辿り着けましたし!」
「そう? じゃあ、気を付けて。――――またね?」
「え、えと、ありがとうございました……!」
 もう一度お辞儀をひとつ残して、スピカは逃げる様にして部屋を後にする。
 そうして既に準備を整えたアトリアから薬を受け取り対価を支払うと、スピカは森へと駆け出したのであった。


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