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第10話 未来を視る目 「ウチの店の常連って事は何となく察しが付いたんだが、それはそれとしてどうしてこいつらと一緒に?」 レグルスに真っ直ぐに見つめられて、スピカは思わずたじろいだ。 その疑問を抱くのは尤もだろう。だが、どう答えていいのかが分からない。スピカ自身、何故当たり前の様に自分も同行しているのか不思議で仕方が無いのだ。ただ、成り行きで此処に居るだけの存在。それに、意味があるのかは分からない。そういう意味での問いでは無いのかも知れないが、同じ事だ。 「シリィを目覚めさせてくれた恩人なのよ」 戸惑うスピカを余所に、さらりとエルナトが答える。単刀直入な説明に、レグルスは何かを察した様だった。 「なるほどね。それで無茶振りでもされたって所か」 「失礼な。正当なお願いの上で現代の事を教えて貰っているだけだよ」 心外だ、とでも言う様にシリウスが言う。無茶振りとさえ称される唐突かつ強引な頼みは、百年前から健在だったらしい。恐らく、彼らも実感として知っているのだろう。 「……まぁ、確かに些か唐突な話ではありましたが」 「アトリア、君まで僕を裏切るつもりかい? 別に無理難題を言っている訳では無いと思うんだけど?」 「私はただ、真実を口にしているだけです。他意はありませんよ」 一見すると言い争いにでも発展しかねない様な会話であったが、其処に剣呑さは欠片も無かった。気心が知れているが故の、絶妙な遣り取り。其処にあるのは、互いへの信頼に他ならなかった。 「でも、ちょっと強引すぎたかも知れない。それは反省してるよ。君の優しさに、甘えてしまったみたいだ」 「あ、いえ! ちょっとビックリはしたけど……でも、楽しいなって気持ちは、ある、ので」 先刻から何処となく感じている、釈然としない感覚。それが、無意識に語尾をぼやけさせる。それに気付いたのか否か、シリウスが薄く笑んだ。 「そう。それなら、僕としても有り難いけどね」 「でも、シリィなら未来がどうなってるかなんて他人に聞かずとも理解出来るんじゃない?」 不意に、エルナトが声を上げる。それは、純粋な疑問であった。 「うーん、まぁ多少はね。感覚としては得ている物もあるけど、こういう事って当事者に聞くのが一番じゃない?」 「ま、現地の人間に訊くのが一番ってのは確かにあるかもな」 「そういうこと。感覚で察しても、それは文献を読んで知った気になっているのと同じさ。実際にこの世界を体験している人から得られる物は、それ以上の価値がある。得られる情報に付加価値が付くんだから」 彼の言い分にも一理ある。知識として知っている事と経験として知っている事では、僅かながら差異があると言えた。経験には、知識に上乗せされた実績が伴う。知識だけでは得られない物を、経験から学ぶ事が出来るのだ。それを思えば、シリウスの言う事は確かに間違ってはいないのだろう。 「だから、スピカの案内は必要な事だったと僕は思ってるよ」 そんな些細な一言が、スピカの胸の深い所にまで染み渡った。単純に、嬉しいという感情が湧き起こる。此処に居て良いのだと、彼らと共に在る事を肯定して良いのだと、そう言ってくれている様で。シリウスとしては其処までの意味合いを含んで発言してはいないのだろうが、それでも。今のスピカには一番欲しかった言葉だった。 そんな安堵が、少し気持ちを大きくしたのだろうか。スピカは恐る恐る、片手を挙げて主張した。 「……あの、ひとつ訊いても?」 「うん? 僕に答えられる事なら何でもどうぞ」 「その、未来が分かるってどういう事なのかな、って。それらしい事は今までの会話でもあったけど、いまいち実感が湧かなくて。それも魔術の一種だったり……?」 「いや、魔術は関係無いかな」 シリウスは迷う事無く否定した。魔術を使って先を見通す事は、現代の世でもある。彼ほど正確な予言を行える者は居ないだろうが、クローネの称号を得ていたシリウスならば、それすらも可能にする程の能力を持っていてもおかしくないと思ったのだが、どうやら違うらしい。 「僕のは、言ってみれば体質と言うか。そういう特殊技能をたまたま持っていた様な物かな」 「え」 回答は、想像とはあまりにも違い過ぎた。まだ、魔術による物だと言われた方が納得出来るレベルで。 「体質、とかで片付けて良い話では無い気が……」 「でも、実際そうなんだから他に言い様が無いんだ。見ようとして見てる、っていうより見えてしまう、って方が近いからね。割と受け身なんだよ。意図的に見る事も出来ない訳じゃないけど……よっぽどの事が無い限りはやろうと思わないかな。勝手に見えて来る未来で手一杯さ」 困った物だよ、と呟く姿に悲壮感は無かった。意図せず余計な物を見てしまうのは、彼自身の負担にもなるのではないだろうか。そう、スピカは感じてしまう。けれどシリウスは、然したる問題でも無いとばかりに口にする。そう在る事にすっかり慣れてしまったのか、それとも諦めか。それは、スピカには分からない。 「いちいち気にしてたら生きるのも面倒だしね、出来る限りシャットアウトして意識しない様にはしてるんだけど。そもそも僕だって全ての未来を見通してる訳じゃないし、その未来がどれだけ正確だったとしても僕自身はそれに責任は持てない。だから不必要に口にする事はしないけど、必要だと思った時には他人にも伝える様にしていてね。その顕著な例が、僕の目覚めの予言になるのかな」 「そうね。百年後に目覚めるだろうって、そう言ってくれたからあたしは今此処に居るんだもの」 再会した時にも、エルナトはそう言っていた。彼の予言を信じたからこそ、そしてそれが正確であったからこそ、超えるべき時空の先を正しく条件付ける事が出来たのだという。どちらの思考も常人とは程遠く、理解するのは困難を極めるのだが、それがシリウスという人間の希少性を高めているのもまた事実なのだろう。 未来を視る能力が備わっているという事実が喜ぶべき物なのか判断が難しい所ではあるものの、それは一種の才能だ。特出するべき「何か」。存在を決定付ける、唯一無二の特殊な技能。体質に近い形で備わったそれは、最早天性の物と言えた。努力では成し得ない、特別なもの。 そういった特別な物を持たないスピカには、ただただ眩しく感じる。憧れる事しか出来ない、非凡性。それを手にしている彼が何でもない事の様な顔をしている事実が、何処か勿体無くも思えた。 「役に立つ事も確かにあるんだろうけど、僕にとっては無用の長物って側面の方が強いかもね」 そう、シリウスは締め括った。彼には彼なりに、その能力を手にした事で背負った物があるのかも知れない。そう思わせる様な横顔に、スピカはそれ以上何かを口にする事は出来なかった。折角持ち合わせた能力を有効活用しないなど、勿体無い。そんな考えを抱く事すら、持たぬ者の勝手な傲慢なのだろう。 ふと気付けば、町の中心からはすっかり離れていた。辺りは木々が増え、森の様相を現し始めている。目印になりそうな物も特に見当たらない中、確かな足取りで先に進んでいく一向にスピカは動揺した。自身は師匠から預かったメモを頼りにしながらも森を彷徨い、何とか辿り着いたというのに。行き来していた経歴のあるだろうアトリアやレグルスはまだしも、先頭を行く格好のシリウスが迷わず突き進んでいく様には驚くしかない。 「み、道、分かるんですか?」 「まぁね。元々この辺りで暮らしていたし、森自体は百年経っても変わらないみたいだから。大体のルートは分かるよ。それに、昔に付けた目印も微かに残ってるみたいだし」 「目印?」 「魔術的な物だから、視覚的には何も無いのと一緒だけどね。目に見える印を付けたら居場所がすぐにバレてしまうだろう? あの小屋は隠れ家みたいな役割もあったから、出来るだけ見付かりたくなかったんだよ」 「……なるほど」 彼にとっては、あの場所が誰にも邪魔されない聖域だったのだろう。だからこそ、眠りに付くのも其処を選んだのかも知れない。そんな場所で、今はアトリアが薬屋を営んでいるというのも不思議な話だが。 「さ、あと少しだよ。帰ったら、まずは冷たいお茶でも飲みたい所だね」 「すぐにでも、準備致しますよ」 間髪入れず返って来た声に微笑みながら、シリウスは先陣を切って森の中を進んでいくのだった。 |
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