第3話 それぞれの思い マルセアは、手渡された資料に目を通していた。 記された手順は簡単ながら、それ故に確かな手腕が問われる物だ。些細な計測の違いでさえ、結果を左右してしまう程に。それが、「ロゼリア・マルゴーの涙」という最凶の薬物を最良の存在へと昇華させるという事なのだろう。 突如与えられたこの試練は幸運なのか、それとも。マルセアは思案する。 自分はどうするべきなのか。そして、どうしたいのか。先刻からそればかりが頭を巡るばかりで、キリが無い。しかし、このまま何もしない訳にはいかないだろう。 (……覚悟を、決めないといけませんわね) そうして、マルセアは器具に手を伸ばした。 陽は傾き始め、空が茜色に染まり始めた頃。 浄化の開始から数時間。スゥイティアは最後の浄化過程を終了させ、器の中で透明の液に沈む欠片をそっと摘み上げた。窓から差し込む夕暮れの光に翳してみれば、濡れた雫が夕陽の色に煌めいて見える。見た目には、大きな変化は無い様だ。 一見しただけでは、この種の欠片が浄化されているのか否かは判別し難い。その事実が、無性に不安を煽る。もし失敗していたら。そんな想いが胸を締め付けるのだ。しかし、このまま此処に籠っている訳にもいかない。 欠片を掌に握り締めて、スゥイティアは意を決して扉を開いた。それと同時に、其処へ同輩の姿を見付けて、思わず呆然とする。 「マルセア!? もう出来てたの?」 「ええ。かれこれ二時間くらい待ちましたから」 「二時間……そんなぁ……」 スゥイティアは深々と溜息を漏らした。決して容易くは無い浄化に、倍近くの時間が掛かったという事だ。矢張り、彼女は有能だという事なのだろう。それは承知の上であったが、此処まで差があるとは。その差を、改めて思い知らされた。 「で、どうでしたの?」 「え、なにが?」 「浄化の事に決まっていますでしょう? 出来はどうでしたの?」 スゥイティアは思わず俯いた。そう言う彼女の言動からは、自信が滲み出ている。それはまるで、彼女の結果をそのまま表しているかの様で。それが辛い。 「一応、やれる事はやったつもりだけど……でも、あんまり自信、無くて」 「まったく、どうして貴方はそう自分に自信が持てないのかしら?」 マルセアが嘆息する。スゥイティアはますます委縮した。 「だって、わたし……マルセアみたいに頭良くないし、物分かりも悪いし、だから」 「だから、どうしてそうやって自分を卑下するんですの?」 分からない、といった風情でマルセアは言う。スゥイティアにしてみれば、どうしてそんな事を言うのかが分からない。事実を言ったまでだというのに。 困惑するスゥイティアをよそに、マルセアは自己完結の如く話を打ち切った。 「まぁいいですわ。貴方の言う通りかどうか、今に分かる事ですしね。でもスティ、もし浄化が成功したとしたら……その時は今の言葉、訂正して貰いますからね」 突然の発言に、スゥイティアは目を丸くする。彼女の考えが、読めない。 「え、どうして?」 「どうしてもですわ。……いいですわね?」 「……うん、分かった」 戸惑いながらも、スゥイティアは頷く。それを確認したマルセアは、安心した様に微笑んで師匠の居る隣室へと歩み寄った。軽く戸を叩いて、呼び掛ける。 「お師匠様、マルセア・ディレンヌです。浄化が終了しました」 暫しの間があって、隣室の扉が開いた。中から姿を現したコルテスは、ふたつの小さなカップを手にしている。その中には、半透明の不思議な液体が注がれていた。 「では、ふたりの『ロゼリア・マルゴーの涙』に判定を下します」 コルテスはそう宣言し、手にしたふたつのカップをテーブルの上に置く。 「いよいよ、ですわね」 マルセアがぽつりと呟いた。普段と変わらぬ表情で、けれど何処か焦りも含まれた緊張を伴って。それに引き込まれる様に、スゥイティアの緊張感も否応なしに高まる。 やれるだけの事はやった。後は、結果を待つのみ。 覚悟を決めて、スゥイティアは頷いた。 |
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