第8話 三番目の弟子


 ロゼリア・マルゴーの真実を知ったエレインはその後、シャルルの待つ「トルトレイドの魔術師」へと戻って来ていた。帰還するなり、彼女はエレインの顔を見て目を丸くして「何だか別人みたい」と漏らしていたのだが、これもコルテスの影響なのだろうか。
 そんな事をぼんやり思いながら、エレインは先刻の出来事を心の赴くままに語って聞かせた。それを興味深そうに聞いていたシャルルは、全ての話を聞き終えると顎に手を当て、ふむと考え込む様な仕草をする。外見の幼さの所為で、どうにも子供が精一杯大人びてみせる様にしか見えないのだが、それを口にすると彼女は怒るので心に秘めておいた。
「エレインの雰囲気が違った様に見えたのは、その話を聞いたからなのかもね。正直なところ、あたしだって今の話を聞いて驚いてるわ。物の見方が、百八十度変化したみたい」
 確かに、これは歴史を揺るがす話だ。世紀の大悪党と信じられているロゼリア・マルゴーが冤罪であったなどという事実は。
「でも、コルテス・ゲルトはそれを公にするつもりは無いのよね?」
「あぁ。例え偽りの真実であろうとも、民衆が信じ込んでいる以上は混乱を招くだけだ。仮に公にした所で、全ての人間が素直に信じるとも思えない。真実を闇に埋もれる事無く伝え続けること……それを、彼女は選んだのだろう」
「なるほどね。で、エレインはこれからどうするの? 戻って来た理由はコルテス・ゲルトに会う事だったんでしょ? その目的も果たしたんだから、また何処かに旅立っちゃうの?」
 ふと問われた声に、エレインは戸惑った。シャルルの言う通り、目的は果たした。その結末が予想とは全く違う物だったとしても、当初の予定よりは遥かに有意義な意味を為したのだから問題は無い。問題があるとすれば、これからの事である。
「そう言われてみれば、彼女に会った後をどうするか、私は全く考えていなかったな」
 ぽつり、呟く。「アルトバルド」の跡地から手記と薬を発見してから、使命感の様に真っ直ぐにコルテスの許を目指した。その先の未来を、深く考える事はせずずに。
「エレインは、どうしたいの?」
「私は――――」
 問われて、気付いた。今、自分の心に宿る、小さな願いに。


「暫くの間、この町に滞在しようかと、そう思っている」
 自身でも唐突だと思ったが、エレインは開口一番にそう伝えた。連絡も無しに訪ね、挨拶もそこそこに言い出した主張を、「アルトバルド」の面々はすんなりと受け入れた様だった。
「そうですか。宿はあって?」
 変わらぬ穏やかさで、コルテスが言う。エレインは頷いた。
「近くに、友人が居るので。其処に。『トルトレイドの魔術師』という店をご存知か?」
「ええ。それではシャルル・ノノが貴方のお友達?」
 エレインは再び頷く。示した肯定の意に、コルテスが嬉しそうに口を開いた。
「宜しければ、是非紹介して下さいな。風の便りで名前を聞くのだけれど、面識は無いのですよ。いつかお目に掛かりたいと、思っていたものですから」
「では、後日改めて、ふたりでお伺いするとしよう」
「まぁ嬉しい。エレイン、貴方に会えて本当に光栄です。ありがとう」
「いや、礼を言うのは此方の方だ。貴方に会って、世の中には私の知らない真実が沢山あるという事を知った。自身の知識だけが全てでは無い事も。故に滞在の間、他にも多くの事を学ぶ事が出来たら……と。そう、思っている」
「そうですか。私でお力になれる事があったら、言って下さいな」
 包み込む様な優しさで、コルテスが言った。彼女の持つ空気は、母が子を慈しむ慈愛の物に似ている。その無条件の温かさが、人の心に直接語りかける様な力を持っているのだろうか。つくづく不思議な人だと、エレインは思う。
「では、ひとつ……頼みが、あるのだが」
「ええ、なんでしょう?」
「私も……その、貴方を師匠、と呼んでも差し支え無いだろうか?」
「まぁ。あらあら。素敵な弟子がもうひとり、増えてしまったみたいね」
 許諾の意を含んだ言葉に、エレインは深く頭を下げた。もしかしたら、彼女はこうなる事も予見していたのかも知れない。推測に過ぎないが。
 どうしましょう困ったわ、などと呟きつつも、コルテスの表情は何処か嬉しそうでもあった。仕事の手を休めてふたりの遣り取りを見ていたスゥイティアとマルセアは、驚きつつもも、新たな同輩の存在を喜んでいる様だ。
 こうして、また新たな日々が幕を開けるのであった。


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