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第3話 “クローネ” 案内されたのは、店の奥にある部屋であった。見た所、所謂リビングの様な雰囲気であった事からも、この建物が店と住居の両者を兼ねているのだろう事は明白だ。 「流石アトリア、綺麗に保たれてる」 部屋に入るなりそう呟いた少年は、懐かしむ様に周囲を見渡していた。 倣う様に見渡せば、落ち着いた雰囲気で揃えられた調度品が目に入る。どれも年季の入ったアンティーク調の品物ばかりで、そういった物に縁のないスピカからすれば見るだけでも緊張で震える程だ。 「適当に座って。今、お茶の用意をさせてるから」 ふたり掛けのソファに悠々と座り、そんな事をさらりと言われても、そう気楽な気持ちで椅子に座れる筈も無かった。その椅子がどれも年代を感じさせる代物で、不用意に体重でも掛けよう物なら壊れてしまいそうな繊細さがあるなら、尚更。しかしこのまま立っている訳にもいかないだろう。 スピカは意を決して、少年と向かい合う様な形で座った。瞬間、ぎしりと鳴り響いた音に心臓が止まり掛けたが、壊れる心配は無い様だ。幾ら年代物とは言え、これだけ高級感のある物ならばそれなりの耐久力も保障されているのだろうが。事実と気持ちが必ずしもイコールになる訳では無いのだ。 「色々と困惑させていて申し訳ないけど、説明の前に質問、良いかな?」 スピカの着席を確認した少年が、そう切り出した。スピカは頷いて、肯定の意を示してみせる。 「それじゃあ早速。『クローネ』という単語に覚えは?」 「クローネ……」 与えられた単語を反芻して、記憶を探る。今はもう、身近とは言えない言葉だ。 「それって確か、世界最高峰の魔術師に与えられた称号ですよね。授業で習った記憶があります」 答えると、少年が驚きと困惑の入り混じった様な奇妙な表情を見せた。 「授業……そんな事になってるとはねえ。それで、その授業では何て?」 「今はもう使われていない、過去の称号だって事くらいです。使われなくなった経緯とかが良く分かっていないらしくて。あくまでも過去に使われていたという事実だけが歴史として伝わっているくらいで、詳しくは、あまり」 「いつ頃まで使われていたかの記録は?」 「正確な時期は分からないけれど、大体百年くらい前じゃないかって教わりました」 「なるほど。時期も一致するね。あまり大事にはならなかった様だ」 「え? それってどういう――――」 「お待たせ致しました」 問い掛けは、割って入った声に阻まれた。アトリアが淹れ立ての茶を運んで来たのだ。 執事よろしく優美な仕草で、彼は少年とスピカの目の前にカップを置く。彼自身の分の用意は無く、それが当たり前だというかの様子でアトリアは少年の背後に立った。 「ありがと」 短く告げた礼と共に、少年はカップに口を付ける。一口含んで、満足そうに顔を綻ばせた。 「懐かしいね、この味。変わってない。流石に同じ物を用意するのは、難しかったんじゃない?」 「いえ。この日の為に、研究を重ねつつ準備していましたから」 「本当に、君と言う人は……」 呆れにも似た声音は、それでも何処か喜びの感情を帯びていた。 「あ、君もどうぞ。味は保証するよ」 「ええと、はい。いただきます」 勧める声に、スピカは従った。 カップの中で揺れる液体は何処か緑がかった茶色で、深みのある色をしていた。カップに顔を寄せるとふわりと香ばしい匂いが鼻を掠め、口に含めば味わい深い風味が抜けてゆく。苦味は無く、ほんのりと感じさせる甘みが特徴的なその味は、初めて味わう物であった。 「あ、美味しい」 「だろう? アトリアの淹れるこのお茶は絶品なんだ」 思わず漏れ出た声に反応して、少年が何処か誇らしげに言う。 「久し振りに飲んだけど、ちっとも変わらない。あの時のままの味だよ」 「……ありがとうございます」 称賛の声に、アトリアが頭を下げた。見れば見る程、関係性が良く分からない。首を捻るスピカには気付かない様子で、少年はまだ中身の残るカップをソーサーに置いた。 「さて、一息ついた所でそれじゃあ説明を始めようか」 そう言って、真っ直ぐにスピカを見据える。慌ててスピカもカップを置き、姿勢を正した。 「名乗るのが遅れたね。僕はシリウス・クレイン。こっちは」 「アトリア・スラッシュです」 それが当たり前だという様な連携で、アトリアが名乗る。 「出会いは少々唐突な物だったかも知れないけど、これも何かの縁だ。以後、宜しく頼むよ」 そう前置いて、シリウスは続けた。 「君にとっては信じられない話かも知れないけれど、まぁ聞いて。さっきも名乗ったけど、僕の名前はシリウス・クレイン。歴史上最後となったクローネさ」 穏やかながらもハッキリと告げられた声に、スピカは声を失った。 |
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