第4話 紡がれる昔日


「え、クローネ……? そんな、まさか」
 シリウスと名乗った少年の言葉に、スピカは動揺を隠せずにいた。彼が発した内容は、到底信じ難い物であったからだ。スピカだけでは無く、この時代に生きる者達ならば皆、同じ反応をするだろう。
 現代では存在しない「クローネ」という称号。名を聞く事はあっても、それは教科書や文献の中だけの事だ。百年の昔に途絶えたという事実が存在している以上、十代の少年が自称した所で戯言にしかならない。
 余程変な顔でもしていたのだろうか。シリウスは何処か困った様な顔で口を開く。
「確かに、いきなりそんな事を言ったって信じられないのも無理はないけどね。でも、確かな真実さ。此処で偽っても、何の得も無いからね。下手な嘘を吐くくらいなら、早々に君を此処から追い出してるよ」
「……まぁ、それは確かに。そうですけど」
「現状では確たる証拠を提示出来ない事が悔やまれるんだけれど、まぁ話の続きを聴いて。僕の素性と、あとどうしてあの場所で眠っていたのか。それをちゃんと説明するよ」
「あ、それはちょっと気になります」
 スピカは思わず身を乗り出した。シリウスは頷いて、適当な言葉を探す。
「どう話すべきか……取り敢えず、まずは僕についてかな。僕は一応、魔術師でね。客観的に見て、他人からそれなりに魔術が使えると思われていたみたいなんだ」
「それなり、というのは表現が不適切かと。クローネの座は気軽に与えられる様な物ではありません。シリウスが『クローネ』となっている以上、座に就くだけの能力値をお持ちだった事は、確かな事実です」
 即座に、アトリアの訂正が入る。シリウスは、呆れた様に笑うだけだった。
「……まぁ、それもひとつの真実かも知れないけど。とにかく、今ので少し分かっただろう? 僕は自分の魔術の出来なんて、全く気にして無かったんだ。好きな事を自由にやれれば満足だったからね。上昇志向という物が全く無い。それこそクローネなんて、どうでも良いとさえ思っていたよ」
「珍しい、ですよね。上に行きたい、偉くなりたい、って考える人が多いだろうし」
「ええ、本当に。野心があり過ぎるのもどうかと思いますが、無さ過ぎるのも考え物です。良くも悪くも、シリィは周囲を気にしなさすぎですから」
「シリィ?」
 ふと発せられた呼び名が妙に気になって、スピカは復唱する。何処となく柔らかさを感じる、温かな言い回しに惹かれたのかも知れない。第一印象が少々悪かっただけで、アトリアも厳しいだけの人では無い様だ。
「あぁ、僕の愛称。シリウスだから、シリィ。言い慣れた呼び名が此処まで出なかったなんて、今までよっぽど彼女の事を警戒していた様だね、アトリア」
「……それは、当然です。シリィに害を為す可能性のある者を警戒するのは、当たり前でしょう。貴方が彼女を客人であると認めた以上、私はそれに従うまでです」
「そっか。まぁそういう訳だから、君もそう呼んで? ……っと、そう言えば君の名前、訊いてなかった」
 思い出した様に、シリウスは呟く。言われてみれば、確かにそうであった。スピカは迷わず名乗る。
「スピカです。スピカ・クウェイル」
「……スピカ。うん、いい名前だ」
 確かめる様に名を呼んで、シリウスは頬を緩める。十数年付き合って来た、慣れ親しんだ名前だと言うのに、彼が自分の名を口にした時の感覚は何処か新鮮で。そう感じた事に、スピカは驚く。
「じゃあスピカ、ひとつ質問をしよう。君がもし『クローネ』の称号を与えられる事になったとしたら、どうする?」
「わ、私にはそんな才能無いですし! そんな夢物語みたいな事、考えられません……!!」
「だから言っただろう? もしもの話だよ。それが例え叶わない夢であったとしても、考える事は罪じゃない。それに、想像力という物は大事だよ? 想像力が豊かである事は、魔術の技術にも繋がりを持つ。イメージというのは重要な意味があるからね」
 にっこりと笑顔で言うシリウスにアトリアが何か言いたそうな顔をしたが、口には出さなかった。
「それで、どう? 君ならどうする? 素直に受けるか、それとも辞退するか」
「……そう、ですね……たぶん、受ける、と思います」
 暫し逡巡した後、スピカは躊躇いの残る声で答えた。
「だってそれは、きっと栄誉ある事だと思うし。『クローネ』の選定は、偉い人達が決めるんですよね? そんな人達が決めたのなら相応しいと思って貰えたって事だし、辞退するのも申し訳無いと言うか」
「なるほど。まぁそれが一般的な結論だと思うよ。上を目指しているのなら、尚更受けない手は無いからね。でも、僕は『クローネ』とかどうでも良いと思っていたんだ。大した価値は見出せなかったし、そんな称号が貰えるなんて言われても、興味すら無い。それが、僕の正直な思いだった」
 思わず呆然としたスピカに、シリウスは笑う。世間の決めた枠に収まらないその自由さが、眩しく見えた。
「あ、今『勿体無い』って思ったでしょう」
「あ、いえ! その…………少しは」
「良いよ。寧ろ、そう思う事が普通の感性なんだから。それは大事にした方が良い」
「……はぁ。でも、さっきそう名乗ったって事は、受けたんですよね?」
「まぁね。結果的にはそうなったよ。当時、ちょっと物議は醸したみたいだけどね」
「シリィの名を知る者は、業界には居ないにも等しかったですから。出世にも興味が無く、論文も出さず研究もしていない。それが実情でしたから。実力では無く名前を尊重するという考えは、最高峰の魔術師を選定するという目的から逸脱していて実に腹立たしい話ではありますが、致し方ありません」
 アトリアが、すかさず補足をする。後半に至っては最早愚痴に近かったが、それに触れる者は居なかった。
「仲間内で好き勝手出来ていれば後は別にどうでも良かったんだよ。だから、僕の名前を知ってるヤツなんて居なかったワケ。見知らぬ他人にまで名前を知られている方が、居心地悪いと思うけどね。僕は」
「まぁ、それは。確かに」
 不特定多数の人間に認識されているというのは、一般人であるスピカからすれば酷く落ち着かない事態だ。自分は知らないのに相手が自分を知っているという状況は、視点を変えれば少々気味が悪い。ましてやそれが最高峰の魔術師などという肩書であれば、好奇の目に晒される覚悟が必要になるだろう。
「魔術師で『クローネ』の座を求めない者の方が珍しい時代、そんな何処の誰かも分からないヤツをトップに据えようだなんて納得出来る方がどうかしてる。だから、僕なんかを『クローネ』にするのは間違ってるって、そんな主張をする人間が大勢居たのも当然だと思ったけどね。僕は」
 何処までも他人事の様に、シリウスは言う。まるで物語を語るかの様な、第三者の視点に似ていた。
「ですが、シリィの実力が分かると反対派ですら何も言えなくなったんです。能力値の高さを、認めざるを得なかったんでしょうね。それだけ、優れた技能を持ち合わせていたという事ですが」
「特に称号が欲しいと思った事も無いし、固執もしてないし。別に騒いで引き摺り下ろしてくれても良かったんだけどね。拒絶する理由も無くて、まぁ良いかって感じで受け入れちゃった訳だけど」
「そんな気楽な感じで引き受けられる物なんですか……」
 先刻から、驚く事ばかりだ。シリウスの感性は、スピカには到底理解出来ない物だった。良くも悪くも、物事に対する執着が無い。これが天才ゆえの感覚なのだろうか?
「まぁ、後になってから後悔したけどね。その気が無いのなら断っておくべきだって。才能がどうとかいう問題じゃない。僕という性質が相応しく無かったんだ」
「性質? どういう事ですか?」
「さっきも言った通り、僕は自由気ままな生活が性に合ってるんだよ」
「『クローネ』は、ただ魔術師のトップを表すだけの称号ではありません。それを冠する者はその地位を約束されると同時に、有する力を国の為に振るい、働く事を求められます」
「そういうこと。誰かに勝手に道筋を決められて、行動を縛られるなんて御免だよ。受けてしまった以上、言われた事はやって来たつもりだけどね。でも、僕にだって限界はあるんだ」
 当時を思い出したのだろうか、そう呟いたシリウスの瞳に、暗い影が宿る。
「シリィの生活の大半は国からの依頼で占められる様になりました。世話役として傍で見て来た限りでは、それらはシリィの負担にしかならない。そう、実感しました。ですから提案したんです。休養を取っては如何かと」
「まさか、その休養っていうのは……」
「まぁ、想像の通り。本当は文字通り、強引にでも長期休暇をもぎ取って休むつもりだったんだよ、僕は。でも面白い提案を受けてね。別の形で役目から逃げるという事になったというワケ」
「提案……?」
 シリウスの告げた言葉に、スピカは首を傾げた。


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