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第6話 百年という時 「これが、今の世界……なるほど興味深いね」 周囲をぐるりと見渡して、感心した様にシリウスが呟いた。 辺りは町特有の喧騒に満ちていて、行き交う人の流れが絶えない。田舎ともなればもう少々穏やかな雰囲気が見受けられるものの、王都に程近い町ともなれば嫌が応にも賑やかな空気が広がるものだ。それは時代が変わろうとも、変化しない事実の筈だと思っていたが。シリウスの知る様子とは違うのだろうか。 疑問に思ったスピカに気付いたのか否か、シリウスは言葉を続ける。 「正直な所、僕には百年という年月の推移が実感としてまだ存在してないんだ。昨日眠って今日起きた、くらいの感覚でね。本当に百年も経ってるのか疑いたくなった程さ。同じ百年と言うなら、実際に体感して来たアトリアの方がその長さと変化を良く分かってる筈だからね」 「言われてみれば、確かに」 「でも町に来てみて、百年という時の流れを思い知ったよ。確かに百年、経っているんだって。あの森は百年前とさして変わらなかったけれど、自然と違って町は別さ。人の手が入る以上、変化は如実に表れる」 「その、変化というのは?」 まるで歴史の講義を受ける様な気分で、思わずスピカは問い掛けていた。シリウスはそれを厭う様子もなく、同じ調子で答えを返す。それはさながら、師弟の問答にも似た光景だった。 「百年前に比べて、魔術的な濃度が著しく薄まったみたいだ」 「魔術の、濃度? そんな物があるんです?」 「現代しか知らなければ分かる筈も無い事だよ。こればかりは、百年前を知っている者だけの特権だね」 言って、シリウスは懐かしむ様に目を細めて天を仰いだ。 「僕が本来生きていた時代は、もっと魔術は神秘に近かったんだよ。奇跡の様な事さえも、大抵は魔術でどうにかなる。そんな時代なんだ。だからこそ魔術師達を統べる者、その頂きに立つ『クローネ』なんていう存在は、本当に必要だったんだか怪しいと思うけどね、僕は」 自嘲的な響きを持って語られる言葉。その意味を正確に受け止める事は、スピカにとって難しい。現代しか知らぬ身では、いや、例え過去に生きた者でも、彼の真意を掴む事は出来ないのだろう。 「今の魔術は、随分と馴染みのある学問になっているみたいだね。それこそ、君が学んでいる様に」 「……え」 スピカは呆然と目を瞬かせた。シリウスに出会ってからの数時間、スピカの口から魔術を学んでいる事やそれに付随する発言はしていなかった筈だ。唐突に発せられた言葉は、驚くに充分だろう。 「ちょ、ちょっと待って下さい、私、魔術を学んでるなんて一度も」 「言ってなかった、って?」 悪戯っ子の様に笑みを浮かべて、シリウスは言う。スピカはぶんぶんと首を縦に振った。 「僕を誰だと思ってるの。不本意とは言え、『クローネ』だった身だよ。それくらい分からなくてどうするのさ」 揶揄する様な声音は、不思議と嫌味を感じなかった。シリウスにとって「クローネ」という称号は不都合な物だったのかも知れないが、それと同時に彼には相応しい物だったのだろう。それを、実感した様な気がした。 自身の能力値が高い事を、確かに把握しているが故の言葉。それが確固たる自信として、言動に現れている。それが、こんなにも眩しい物なのだと、スピカは改めて認識した。自分もいつか、そういった人になれるのだろうか。そう思う事自体、不敬に当たるのかも知れないが。 「やっぱり、凄いんですね。私、一応見習いやってるんですけど、何をやっても全然駄目で」 「専門は? 得意分野とかでも良いけど」 「あ、いえ、特には。何かに特化している事も無ければ、得意な物さえ見付からなくて」 「なるほどね。魔術と一口に言っても内容は様々だから、自分に合った方向性が見えれば化けるかも」 「ほ、本当ですか!?」 思わず、スピカは食い付いていた。 何の取り柄も無く、平凡なだけの毎日に埋もれるばかりだった自分。其処に少しでも輝きを取り込みたくて、夢中になれる何かを見付けたくて、特別な何かを作りたくて。だから、魔術という物に手を伸ばした。それでも、未だ特別な存在になる事は出来ていない。いつまで経っても、平凡なまま。 だからこそ、シリウスの一言はスピカの胸に強く響いた。こんな自分でも、特別な何かに触れられる可能性があるのだと。その未来を、得る事は可能なのだと。 「あ、あの、どうしたらその方向性って見えるんでしょう? 色々適正は調べてるんですけど」 「そうだね。例えば――――」 「シリィ。話が逸れ過ぎていませんか」 唐突に割って入ったアトリアの言葉に、期待は寸断された。掴みかけた未来への切符にしがみ付きたい思いを抱えながらも、話を蒸し返す事などスピカには出来なかった。 「そうかな。魔術の話の延長みたいな物だと思うけれど」 「誤魔化さないでください。そもそも、町に出た貴方の目的は何なのです」 「目的なんて大層な物は無いよ。百年という時の流れを実感したかった、っていうのが一番大きいかも知れないね。他に意図があるとするなら……そうだな。ねえスピカ」 「はいっ!?」 唐突に名前を呼ばれ、スピカは素っ頓狂な声を上げた。純粋な眼でシリウスは問い掛ける。 「現代の若者の流行りって、何なのかな」 「え。流行り……ですか?」 予想もしていなかった問い掛けに、スピカは戸惑う。そんな事を訊かれるなど、思いもしなかった。 「そう、ですね……流行とか、あまり詳しいって訳じゃないんですけど」 「あ、ちょっと待った。それ、禁止ね」 「え? それ?」 遮る様に発せられた禁止令に、困惑を隠せない。先刻から、シリウスのペースに振り回されている気がするのは気の所為だろうか。思い出した様に言葉を発して、また気付けば遠慮なく遮る。それは勝手とも言える振る舞いであるのに、何処か憎めないのは彼が持つ性質ゆえなのかも知れない。 「敬語。僕達、年齢はそう変わらない様な気がするんだけど?」 「そう言われても……貴方は百年前の人だし、最後の『クローネ』だし、会ってからまだ少ししか経ってないし」 「なるほど。そうなると僕の年齢はプラス百すべきかどうか、難しい所だね。精神的にも肉体的にも歳は取っていないけれど、でも確かに僕は百年の間眠り続けていた訳で。時を重ねている、というのは事実だから」 「シリィ。また話がずれていますよ」 呆れた様に、アトリアが制する。急に考え込んでしまうあたり、矢張り学者肌の様な所があるのだろう。伊達に才能を秘めてはいないという事か。天才は常人には理解出来ない行動や思考回路の持ち主だと聞くが、あながち間違ってはいないと断言出来るのではなかろうか。 「とにかく、だ。僕達の真実の関係性なんて、他人からは関係無い事なのさ。同年代が変に気を使って会話しているのなんて、滅多に見掛けないだろう? 僕の存在が現代においてどういう位置付けになるのかも分からない今、変に目立つのは避けたいんだ」 「……アトリアさんだって敬語なのに」 「私はシリィの世話役という立場にありますから。一応」 ぽつりと漏らした一言はしっかりと耳に届いていた様で、丁寧かつ強調した返答が飛んで来た。 「という訳で、今から僕達は同世代の友人同士という訳だ。僕らが出会ったのも何かの縁、仲良くいこうか」 にっこり笑顔で宣言されてしまっては、スピカはそれ以上何も言えなかった。笑顔に圧力を感じる。 「それで? 今の流行りは何?」 「急に流行りと言われても難しいけど……ええと……そうだ、パンケーキ!」 未だ戸惑いの消えない思考回路をフル回転しているうちに、ふと浮かんできた物。それは現代の若者に人気のスイーツだった。若者とは言えど主に女性達の中でではあるが、それでも現在の流行である事は間違いない。甘い物を好む男性も少なくはないし、悪くない案ではないだろうか。 「パンケーキが美味しいってお店があって、凄く評判なんです……じゃなかった、評判なの」 「パンケーキ」 何かを確かめる様に復唱したシリウスが、真顔のまま首をかくんと傾ける。 「美味しいって事は、それは食べ物なの?」 「え。そうだけど……パンケーキ、知らないの?」 予想外の反応だった。まさかパンケーキの存在を知らないとは、想像していなかったのだ。 「百年前には無かったと思うけど。あまり食には興味無かったから、僕が知らなかっただけかも」 「焼き菓子の一種ですよ。私もこの数十年のうちに知りましたから、シリィが知らないのも無理は無いでしょう。噂では、大変美味だと聞いています。シリィの口にも合うのでは?」 律儀に補足を捻じ込んだアトリアに、シリウスは眉を跳ね上げる。 「む。僕が眠っている間に日々を謳歌していたみたいだね、アトリア?」 「心外ですね。噂では、と申し上げたでしょう。変な言い掛かりは止めてください」 ふたりの視線の間で火花が散った様に見えて、スピカは慌てて割って入った。 「そ、それじゃあ折角だし食べに行ってみましょう? 私、案内するので!」 「そう? それならお願いしようかな」 至極楽しそうに、シリウスが言う。アトリアは何事も無かったかの様に平静な顔をしており、流石のスピカも揶揄われたのだという事に気付いた。それが、彼なりの気遣いなのだろうという事も。つい数時間前に初めて会ったばかりの、何の接点も持たない筈だった自分を気に留めてくれている。その事実が、スピカには嬉しかった。 「それじゃあ、行きましょうか」 店へ移動しようと、まさに一歩を踏み出した時だった。 「うそ……シリウス……? え、やだ、ホントにシリィ!?」 雑踏の中、ハッキリと聞こえた戸惑いの声に、三人は足を止める。 声の主を探す様に辺りを見回したシリウスが、驚いた様に瞬きを繰り返した。それは常に何処か余裕を持ち、他人を振り回している様な彼が見せる、初めての顔であった。 「エル……? どうして、君が此処に」 「やっぱり! 本当にシリィなのね!! 良かった、ちゃんと会えた!!」 喜びに満ちた声と共に、ひとりの少女がシリウスに飛び付いたのだった。 |
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