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第7話 再会 突然の展開に、スピカはぽかんと口を開いたまま、硬直する事しか出来なかった。見知らぬ少女がやって来たかと思ったら、人の目も気にせず突如シリウスに抱き付いたのだ、無理も無いだろう。 ぎゅうぎゅうと抱き付く少女に、シリウスが掠れた声を上げた。 「ちょ……エル、苦しい」 「あらやだ、あたしったら」 指摘を受けた少女が、慌てて離れる。ネイビーブルーのツインテールを華やかなリボンで飾り、所々フリルの付いた服を纏ったその姿は、何処から見ても可憐な少女そのものであった。その彼女が自身の行動を恥じる様にもじもじとする姿は、さながら恋する乙女の様だ。 何処か中性的な風貌のシリウスと彼女の並びは、似合いのカップルにさえ見える。実際に互いを知っている様な口振りであるし、その推測は強ち間違いでは無いのかも知れない。呆然としつつもそんな観察をしていたスピカを余所に、遣り取りは続いていく。 「でも、会えたのなら問題無いわね。本当に良かった。飛んだ先が此処だったから、ちょっと心配だったのよね。もしかして違う所に出ちゃったんじゃないかって、あたし心配で」 一気に捲し立てる少女に、流石のシリウスも状況が読めないという顔で目を瞬かせている。それを見兼ねて、アトリアが横から口を挟んだ。どうやら彼だけは、状況を把握しているらしい。 「……エルナト。シリィには説明が、まだ」 「貴方、説明して無かったの? ちゃんとしておいてって頼んでたのに!」 「仕方が無いでしょう。先程目覚められたばかりなのですから」 「もう。しょうがないわね」 呆れた様に溜息ひとつ吐き出して、エルナトと呼ばれた少女はシリウスに向き直る。 「あたし、貴方を追い掛けて来たの。貴方と二度と会えなくなるなんて嫌。だから、こうして飛んで来たってワケ。あたしの得意分野、忘れたなんて言わせないわよ?」 「勿論、君の得意分野は覚えてるよ。時空魔術なんて稀有な能力者、君以外に居なかったからね」 その言葉に、エルナトは嬉しそうに顔を綻ばせる。其処に含まれた感情は、第三者のスピカにさえも理解出来てしまう程に真っ直ぐだ。エルナトがシリウスに対して好意を持っている事は間違いない。 「でも、まさか此処までするとは思わなかったかな」 「あたしが行動派なの、知ってるでしょ? あと、愛に生きるって事もね」 言って、エルナトはウインクをしてみせる。どうやら彼女のアピールは公然とした物らしかった。しかしシリウスが顔色ひとつ変えない所を見ると、溢れる愛情は彼女の一方通行なのかも知れないが。 「それに、『次に目覚めるのは百年後だろう』って言い残したのは貴方よ、シリィ」 「そうだっけ?」 「そうよ! 貴方はいつだって先を見てたし、そういう予言にも間違いが無かった。だからこそ丁度百年後の貴方の元に行ける様に、条件付けしたんだから。あの言葉が無かったらきっと、貴方の居ない世界でひとり生きていく事になってたでしょうね。あたしの為に言い残してくれたのか、ただの気まぐれなのかは知らないけれど」 「気まぐれ、だったんだろうね」 「貴方がそう言うのなら、それで良いわ。どっちだって構わない。あたしはそのお陰で助かったんだもの、それだけで充分。……まぁ、正確すぎて逆に怖いくらいではあるけど、ね」 ぼそり、エルナトは呟く。シリウスを敬愛しているであろう彼女ですら、恐怖を抱く程の正確な予言。それは、どれだけ稀有な事なのだろう。確実な未来を見通す力。それは、神にさえも等しいと言えるのではないか。彼に与えられた称号の意味を、その重さを、実感するには充分であった。 「僕からすれば昨日の記憶が百年前だし、正直な所エルナトを見ても久し振りって感覚は無いんだけど。それでも、今この場で君に会えた事は素直に嬉しいよ」 「それを言ったらあたしの数分前は百年前よ。何も変わらないわ」 「それもそうだ」 百年の時をさらりと超えてしまったふたりが、些細な事だと言う様に笑い合う。まだ十七年しか生きた事の無いスピカには、百年という時の流れは気の遠くなる様な世界で、実感は湧かない。百年という時を飛び越えてなお、気にも留めずに笑える感覚が、スピカには理解し難い感情なのだ。やはり魔術師という者は、普通の人間と感性から外れなければ成り立たないのだろうか。 平凡に輪を掛けた様な自分には、無謀な世界なのだろうか――――そう、自虐的にさえ感じてしまう。 「ええと、ところで、貴方はどなた?」 「…………へ?」 急に話を振られ、スピカは素っ頓狂な声を上げる。我に返ると、コーラル色の瞳が興味深そうに此方を覗き込んでいた。可愛らしい少女だとは思っていたが、改めてまじまじと見ると人形の様だ、と思う。大きな瞳に長い睫毛、さらさらと揺れる髪、透き通る程に白い肌。通常お目に掛かれない様な美少女の視線を真っ直ぐに受け、スピカは動揺する。 「え、と、あの、は、初めまして。わ、私、す、スピカっていいます」 名乗る声は、見事に裏返った。シリウスが、笑って助け舟を出す。 「僕を起こしてくれた人だよ。偶然……という形になるのかな。でも、折角だから現代を案内して貰おうと思って。それで、こうして町中まで出て来ていたって訳なんだ」 「なるほど。つまり貴方がシリィの恩人って事ね? 感謝するわ、ありがとう!」 目を輝かせたエルナトが、スピカの両手を取りぶんぶんと振った。予想外の反応に、スピカはただされるがままだ。可憐な見た目からは想像出来ない程、彼女はパワフルであった。 「本当はあたしが起こしてあげられるのが理想だったんだけど」 「あ、えと、すみません……」 「良いの良いの、気にしないで。感謝しているのは本当なんだから! シリィの予言通りに此処で出会ったのなら、それはあたしの役目じゃ無かったって事なんだわ。という訳で、あたしもご一緒していいかしら?」 ずい、と顔を近付けて、エルナトが問う。スピカは思わず仰け反りながら、こくこくと頷いた。 「シリィに出会えたのなら、此処があたしの居場所だもの。あたしも今飛んで来たばかりで、この時代の事は何も分からないし。あなたにレクチャーを受けるのが一番だと思うのよ」 「……はぁ、なるほど」 「この時代の事、貴方の事、もっと教えて? お礼って訳じゃないけど、あたしの事や百年前の事、教えるわ」 「あ、それはちょっと興味あります」 百年前の事柄など、文献にも殆ど残ってはいない。記載を見付ける事が出来たとしても、何処までが真実で、何処までが虚構かの判別が付き難い。そんな時代の話を当時を生きた人物から聞くなど、神秘に近いとされる魔術師でさえ経験出来ないだろう。流石の魔術師も、時の流れを遡る事は不可能なのだ。 魔術に携わる者でなくとも、歴史に興味を持つ者ならば、大金を払ってでも耳に入れたい話ばかりだろう。尤も、大前提としてシリウス達が本当に百年前の人間だという事を信じる事が出来れば、であるが。それについては、素直に納得したスピカがある意味例外なのかも知れない。 「僕達も異論は無いよ。これから、パンケーキとやらを食べに行く事になってるんだ」 シリウスの言葉に、エルナトは首を傾げた。やはり彼女にも、馴染みの無い単語らしい。 「ぱんけーき? 初めて聴く響きね。それってどういう物なの? 食べ物、なのよね?」 「あぁ。当世の流行りだそうだよ。スピカ曰く、とても美味しいらしい」 「そうなのね! さ、そのぱんけーきとやらのお店に連れて行ってちょうだい!!」 「あ、ええと、こっちですっ」 エルナトに急かされるまま、動揺が未だ抜けきらないスピカは急ぎ足で進み始めた。 |
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