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第8話 続・再会 からりと耳に心地の良い音を立てて、扉が開いた。其処から中の様子を窺ったスピカは、胸を撫で下ろす。 「良かった、まだ席に余裕はあるみたい」 パンケーキの名店と名高い其処は、絶品の品を求める客達で日々賑わっていた。休日ともなれば数時間待つ覚悟が必要であり、平日であってもそう簡単には席に座る事が出来ない。それを思えば、ちらほらと空いている席が見受けられる今の状況は絶好のタイミングと言えた。 入店を知らせるドアチャイムに気付いた青年が、明るく応じる。 「いらっしゃい! 何名様で……」 接客の常套句と共に近付いて来たその青年が、スピカの背後に視線を向けた瞬間に固まった。 「……なんで」 まるで幽霊でも見たかの様な驚きと、有り得ない物を目にしている様な困惑と、僅かな喜びが混ざり合った様な複雑な表情のまま、彼はそれだけを絞り出した。アトリアが、穏やかに微笑む。 「ご無沙汰しています。どうやら驚かせてしまった様で、申し訳ありません。貴方が此処で働いているとは、私も存じ上げなかったものですから」 「まぁ、言ってなかった俺が悪かったし。まさかお前が此処に来るとも思ってなかったんでな」 言って、青年は息を吐き出すと店員の表情に切り替えた。 「取り敢えず、四名様ですね。席にご案内しますよ、お客様」 「ええ、お願いします」 導かれるまま、一行は店の奥に位置した席に通された。当たり前の様にエルナトはシリウスの隣に収まり、それと向き合う形でスピカは席に着く。隣は勿論、アトリアだ。 「メニューは此方をご覧ください」 差し出されたメニュー表を受け取って、スピカはテーブルの上に広げた。 「皆さん、何にします?」 「スピカに任せるよ。僕は何が何やらさっぱりだし、こういうのは知っている人に任せるのが一番だからね」 「あたしも。初めて見る物だから、良く分かんない」 問い掛けに、シリウスとエルナトは続けて同じ意思表示をした。スピカは隣に座るアトリアにも尋ねる。 「ええと、アトリアさんは?」 「私も、こういった物は不得手でして。貴方にお任せします」 「そ、そうですか。それじゃあ幾つか目ぼしい所を頼むので、皆で分け合いましょう?」 全員一致の返答で全てを任される事となったスピカは、必死でメニューに目を走らせた。責任重大だ。何しろ、ほぼ全員が初めてパンケーキという食べ物に触れるのだから、下手な選択は出来ない。折角食べる機会に恵まれたのならば、美味しい物を食べられたと喜んで欲しい――――そう願うのは当然の事だろう。此処に来る提案をしたのが自身ならば、尚更。 「チョコレートバナナとミックスベリー、あとメープルナッツをお願いします」 選んだのは一番人気とスピカ自身のお気に入り、そして目に入った店のお薦めメニューの三種だった。少々無難すぎる選択であったかも知れないが、変に冒険するよりは良い。 「承知しました。では、少々お待ちを」 素早い動作でメモを取り、青年は去っていった。それを見送ったシリウスが、口火を切る。 「アトリア。彼は、君の知り合いかい?」 「ええ、まぁ。私の、と言いますか……おふたりもご存知の方ですよ」 「何言ってるのよ。この時代に私達の知り合いなんて居る訳……」 否定の言葉を口にしようとしたエルナトが、不意に固まった。同じく、シリウスも心当たりに気付いたのだろう。驚きを隠せない様子で、ぽつりと呟きを落とす。 「…………まさか。そういうこと、なのか?」 「ええ、そのまさかです。我々に馴染みのある名前で呼ぶのならば、彼はアルデバランですよ」 「はぁ!? あいつがアルだって言うの!? 全然違うじゃない!」 大声で叫んだエルナトに、他の客達が訝しげな視線を投げて寄越した。今思えばあまり目立たない様にと敢えて奥の席に案内してくれたのだろうが、これでは意味が無い様な気がする。内心そんな事を考えながら、スピカは愛想笑いで誤魔化した。 そんなスピカの心境に恐らく気付いていないだろうシリウスが、納得する様に頷く。 「転生、か。そう言えば、アルは生命魔術の研究をしていたっけ」 「あぁ、なるほど。つまりはあたしが此処に飛んだ後の事、って訳なのね」 百年前から現代へとショートカットしたにも等しいふたりには、当然その間に起きた出来事を知る術が無い。それを埋め合わせる事が出来るのは、その百年という時間を実際に過ごしてきたアトリアだけだ。 「彼は、当時の人生を全うしましたからね。大往生でしたよ。その上で、研究の為に自らを実験台として、術の成功を証明したという訳なんです」 「根っからの研究者気質のアイツらしいわね」 そうエルナトは言ったが、言い回しに反してその口調に嘲りの様な物は感じなかった。彼女自身、彼の事を良く知っていたのだろう。研究を全うした彼に対しての尊敬と憧れの様な物が、其処には含まれていた。 「でも良く分かったね、彼がアルだって」 「記憶を受け継いでの転生に見事成功しましたから、我々の事もしっかりと覚えていた様で。ですから、その都度連絡がありました。私はずっと、昔と変わらぬ場所に居ましたから」 「その都度、って事は一度じゃないって事よね」 「ええ。確か、今で三度目だったかと」 「三回……ホント、律儀なモンね。あたしには無理だわ」 呆れた様に息を吐いて、エルナトは頬杖を突く。転生の度に連絡を取り、縁を繋いだままで百年という期間を繋いできたその心境は、流石の彼女にも分からないのだろう。 「私達の様に、シリィの為に自分を犠牲には出来ない。そう言ってはいましたが、彼も充分シリィを気に掛けてくれていたという事でしょうね」 「人が居ないのを良い事に、そういう発言をするのは止めて欲しいねお客様」 突如割って入った声に、スピカは驚いて思わず身を縮める。其処には、かつてアルデバランであったという青年がパンケーキを片手に立っていた。アトリアは、笑顔を崩す事なく謝罪の言葉を口にする。 「これはこれは、失礼致しました」 「ホント、百年経ってもそういう所変わらないよな、お前」 呆れ混じりで言って、彼は手にしていたパンケーキの皿をテーブルに並べた。 「はい、お待ちどおさま。ご所望のパンケーキ、お持ちしましたよ」 「わぁ……! 何コレ、キラキラしてるわね!?」 目の前に置かれたミックスベリーのトッピングを眺めて、エルナトが目を輝かせる。ふわふわのパンケーキの上にこれでもかと乗せられた複数の果実とソースは、宝石にも例えられる程に艶のある光を放っていた。チョコレートバナナも見劣りしないボリュームで、それに比べるとメープルナッツは少々見た目が地味ではあるが、どれも味は負けずとも劣らない絶品の品だろう。 「これが食べ物だなんて、信じられないよ」 「好きな物を好きなだけどうぞ。どの種類も、此処のパンケーキは絶品で有名なんだから!」 「光栄なお言葉、ありがとうございます。ウチのシェフもさぞ喜ぶと思いますよ」 爽やかに笑って、青年が言う。店員である彼の存在をすっかり忘れていたスピカは、思わず慌てた。動揺してしまった所為で、応じる声が少々裏返ってしまったのは致し方無いと思う。 「あっ、ハイ! いつも美味しく頂いておりますっ!!」 「今後ともどうかご贔屓に」 笑いながら言うと、シリウス達に彼は向き直る。 「という訳で、俺は仕事に戻るわ。もう少しでシフトも終わるし、積もる話はその後でさせてくれ。それまでは、此処でどうぞごゆっくり」 「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」 「ん、じゃあ後でな」 ひらりと手を振って、青年は再び去っていく。それには目もくれず、エルナトは意気揚々とパンケーキに手を伸ばしていた。その横のシリウスでさえ、既にフォークを握っている。どれだけ時が流れようと、食べ物の魔力という物は強いらしい。それがデザートと呼ばれる者ならば、尚の事。 「やだぁ何コレ! こんな美味しい物、あたし初めて食べたわ!!」 「……百年という時の流れの凄まじさを、僕は実感しているよ……」 両者の反応は様々だが、感想という意味では同じだった。彼らが味わってきた百年前の料理をスピカが知る由も無いが、反応を見るに味の改良が繰り返されていただろう事は容易に想像出来る。 想像していた以上の反応に、スピカの顔も綻んだ。 「喜んで貰えたのなら、提案した甲斐があったかな」 ぽつりと漏らした声に、アトリアが小さく笑った。 「そうですね。こんな穏やかでささやかな幸福を、私は待ち望んでいたのかも知れません」 「アトリアさん……」 「さぁ、我々も頂きましょう。早くしないと、おふたりが全て完食してしまいます」 「あ、はい……!」 アトリアの言葉に、スピカも慌ててフォークを手に取った。 |
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