第9話 過去と現在を繋ぐ者


 食事を終えた一行は、かつてアルデバランという名を持っていた青年の仕事が終わるのを待ってから店を出た。改めて近況を話し合おうという事で、再びアトリアの住んでいた小屋へと戻る事になったのである。
 美味しいスイーツをこれでもかと堪能したエルナトは見るからに上機嫌で、今にもステップを踏み出しそうな程に軽やかな足取りだ。女の子が甘い物を好むのは、百年以上前から変わらないのだろう。
「ありがとう、スピカ。君のお陰で、現代の食文化に触れられたよ」
「そこまで大袈裟な物では無いと思うけど……でも、喜んでもらえたのなら嬉しい、かな」
「矢張り、君に頼んで正解だった。君があの店を選んでくれたから、こうしてアルに再会出来たんだし」
 言いながら、シリウスは隣を歩く青年を見上げた。当初こそ驚いていたふたりだが、受け入れるスピードが速く、その後は格別に触れる事はしていなかった。姿の違う友人という感覚がどんな物なのか、スピカには想像が付かない。仮に見知らぬ姿の人物が友人を名乗っても、素直に信じる事は難しいだろう。スピカがそんな状況に置かれたら、必要以上に問いを投げてしまいそうだ。そうある出来事では無いが。
「一応名乗っておくと、今はレグルス・パロットだ。まぁ慣れないだろうし好きに呼んでくれ」
「レグルスって言いにくいわね。アルの方が楽だわ」
 僅かでも迷う素振りを見せず、エルナトはあっさり切り捨てた。レグルスとしても、こうなる事を予見していたのだろう。それ以上、名前について触れる事はしなかった。先刻の名乗りも、あくまでも現代を生きる者としての自己紹介、という認識が正しいのかも知れない。
「……でも、頭では分かっていても不思議な感じよね。あんたがあのアルだなんて。別人としか思えないわ」
「まぁ、実際別人だしな」
 さらりと、レグルスは言い切った。当たり前の様に発せられた言葉に、スピカの方が驚いてしまう。
「お前らの知ってる『アルデバラン』って人間は、今から数十年前に死んでる。此処に居るのは、レグルス・パロットっていう何の関係もない人間だ。俺は、此処に至るまでの過去の記憶を持っているってだけ。だから性格も違うし、考え方だって全く同じって訳でも無いさ」
「それでも、君は僕達を覚えていてくれている。僕達にとっては、それだけで充分さ。君とまたこうして会話が出来る事も喜ばしいと思うけど、君の進めていた研究がこうして実を結んだ事が、僕としては何より嬉しいよ」
「お前らしい感想だな。これが『アルデバラン』の本当に目指していた結果なのかは分からねえけど、お前らにまた会えたってだけで幸運なんだろうし。今はそれで良いか」
 言いながら笑う姿は、清々しい程に爽やかで。ふと、疑問が口を突いて出ていた。
「あの、昔ってどんな感じだったんですか?」
「昔って言うと、『アルデバラン』のオリジナルって事か?」
「あ、はい。お話を聞いていると全然違う様な印象を受けたんですけど、私は今のお姿しか知らないので」
「なるほど。あー……そうだな、自分で言うのもなんだが、昔の俺は、まあ、言ってみれば学者気質と言うか。学問優先みたいな所はあったかもな。今とは真逆と言ってもいい」
「分かる分かる。分かりやすく頭が固かったわよね、あんた」
 レグルスの自己分析に、エルナトが首をぶんぶんと縦に振って同意する。それにシリウスが続いた。
「だからこそ今がある、とも思うけれどね。そうだろう?」
「そりゃ嬉しい事を言ってくれるね」
 レグルスが、照れる様に顔を綻ばせる。彼にとっても、この再会は喜ばしい事なのだろう。
 多少形は違うのかも知れないが、そこに在るのは百年前と変わらぬ光景に他ならない。それはとても貴重で、感動的な出来事の筈なのに。何故だろう。スピカは不可思議な感情に襲われる。
(何だろう……昔の仲間が再会した訳だし、それはとっても良い事なのに……)
 胸が締め付けられる様な感覚。今すぐ此処から走り去りたくなる。逃げたくなる。
(私もそれは歓迎したいけど、部外者だし……なんか、ちょっと寂しいかも)
 それが一種の疎外感である事に、スピカ自身は気付いていなかった。確かに其処に居て、並んで立っているけれど、彼らとスピカには決定的な差がある。現代を生きるスピカには、百年前の出来事に実感が伴わない。彼らの会話を聞く度に、彼らが自身とは別の存在である事を思い知らされる様であった。
 そもそもスピカは、たまたま居合わせて成り行きで此処まで一緒に居ただけの他人だ。仲間、などという立ち位置ですらない。ほんの数時間、当たり前の様に行動をしていただけで。自分は彼らの何なのだろう?
「で、そろそろ説明してくれても良いんじゃねえの?」
「説明? あたし達の境遇も大体把握出来てるんでしょ、今更何も説明する事なんて無いじゃない」
 不意に発せられたレグルスの問いを、エルナトが切り捨てる。何度か見た遣り取りは、彼らの日常なのだろう。一見すると邪険に扱われている様で、しかしレグルスはそれを気にする風でも無く食い下がった。
「いや、俺の事じゃなくて。其処のお嬢さんについてだよ」
「――――あぁ」
 納得した様に呟いたのは、誰であったか。一斉に、視線がスピカへと注がれる。一転して話題の中心に立たされた格好になり、スピカは理解の追い付かないままに素っ頓狂な声を上げていた。
「はい? 私?」


BACKTOPNEXT